諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 見たことのある包装紙のマークと旅館名に、咲良は即座に顔を上げた。『花之湯旅館』は、咲良の実家の温泉宿だ。
「私の実家へ行かれたのですか?」
 旅館の名前は言っていなかったはずなのだが。
 咲良の胸に不安が広がっていく。
「ええ。色々聞き込みをしたらすぐにわかったわ」
 祖父母の顔が思い浮かんだ。
 和葉は一体、彼らに何を言ったのだろう。
「咲良さん。あなた、日本に残りたいのなら、ご実家を手伝われた方がいいんじゃなくって? 恭平の支えになる気がないのでしょう?」
 決めつけたように言われたら、咲良としても黙ってはいられなかった。
「私は、通訳の仕事に誇りをもっています。祖父母もそれを知って東京に送り出してくれたのです。恭平さんも私の仕事を尊重してくださいました」
「じゃあ、恭平のことは後回しでも構わないということかしら? あなたは恭平よりも自分の仕事を優先したいということね。その我儘を通したということ? これから先も離れ離れのまま? 妻になる覚悟がなっていないことね。外交官がどういう仕事かなんてあなたはもうとっくにわかっているでしょうに」
 和葉が倍にして言い返してくる。彼女の指摘がもっともなだけに咲良もすぐには反論ができない。
「それは……今、ちょうど大きな仕事が待っているのです。それが済むまでは……」
「それはいつ? 一年後、二年後、三年後?」
「……っ」
「両方を手にしようなんて烏滸がましい。あなたはずいぶん傲慢な人ね。そんなものを……愛だなんて呼べるのかしら」
 ぐうの音も出ない。
 咲良は完全に沈黙してしまった。
「お話にならないわ。パートナーになる覚悟もなくくせに片手間のつもりでいるくらいなら、あなたたち別れなさい。お互いのためにならないもの。恭平にはもっといい人がいるわ。この機に改めて紹介するつもりでいるのよ」
 和葉は畳みかけるように言うと、咲良の肩越しにいる人物に手招きをした。
 つられて咲良が振り返ると、そこには緩やかなウエーブの髪に目鼻立ちのはっきりとした、綺麗な女性がいた。
「彼女、梨乃さん。沢木議員の娘さんよ。恭平のことは昔からよく知っていてくれる」
「初めまして」
 上品な白いセーターとひざ下のプリーツスカートを着た彼女からは、清廉な百合の香りがした。
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