諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 和葉は早々に咲良が居なくなることをわかっていてこの場に呼びつけた。梨乃に情けの目を向けられて咲良はその視線を受け流す。
「私、失礼します」
 「あら、お土産はいいの?」
 と、和葉が嘲笑する声が聞こえた。
 咲良はいたたまれなくなって勢いのままに立ち去った。
 店の人もまた、あらかじめこうなることを知ってか知らずか動じることもなく、あえて咲良を呼び止めることはしなかった。
 まるで透明人間にでもなったような気分だ。あなたはこの世界に要らない人だ、と突きつけられた。
 咲良は勢いよく飛び出すようにドアを開いた。そしてベルの音が虚しく響き渡っては閉じられる。まるでよそ者を弾いたといわんばかりに。
「……っ」
 不意に、恭平の声が脳裏に蘇ってきた。
『通訳をしているときの声もいいが、普段の声もすてきだな、と。さっき古書店でも言ったように、君の表現の仕方も好きだ』
 彼がそうして咲良を認めてくれたことが、どれほど嬉しかったか。励まされたか。自信になったか。
 そして――。
『俺は君のことを応援しているよ』
 日本を離れる前に、恭平がかけてくれた言葉が、胸に溢れてくる。それを支えに咲良はがんばってきた。
 そして、同じように咲良も思ったのだ。
(私も……あなたのことを応援していますから。恭平さん)
 ……そんなふうに。
 じゃあ、一体、どうしたらいいのだろう。
(自分から通訳の百川咲良を失ったら、私は私じゃなくなる。中途半端に仕事を放りだしたら恭平さんの好きな私ではなくなる……)
 でも、仕事を辞めなければ、高宮家に相応しくない。和葉に認めてもらえない。
(それとも、本心では恭平さんはすぐにでも来てほしかった? いつも彼は私のことを優先してくれていた……けれど)
 仕事を辞める覚悟を決めた彼女が新しい婚約者になる。それこそが恭平のためになることなら――。
 様々な感情に囚われながら、しばらく振り切るようにわき目も振らずに歩き続けたが、やがて足が自然と止まってしまう。
『両方を手にしようなんて烏滸がましい。あなたはずいぶん傲慢な人ね。そんなものを……愛だなんて呼べるのかしら』
 和葉の冷ややかな言葉が咲良の心にとどめを刺した。
 ぽつりとスマホを持つ手に雫が落ちる。
 雨が降ってきたのかと思った。
 けれど、それは咲良の瞳から溢れ出したものだった。
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