諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 恭平が探るように尋ねてくる。心配をして気遣ってくれるような声音に、咲良の胸が詰まった。
 もう早く告げてしまった方がいい。
 その方が楽になれるだろう。
 そんなふうに思ってしまう自分にもまた失望してしまう。
「実は……私、恭平さんに大事なお話があるんです」
『大事な話? 仕事のことか?』
「……いいえ」
 鼓動が耳の傍で大きな音を立てている。息をするのが苦しい。準備していた言葉の刃を愛している彼につきつける勇気がすぐには出てこない。 
 手が震えてスマホが滑り落ちてしまいそうになるのを必死にこらえて握り直すばかりだった。
『じゃあ、何?』
 待っていてくれる恭平のやさしい声が、二度と聞けなくなるかもしれない。だから、少しでも引き伸ばせる話題があればいいのにと思った。
 けれど、それじゃあ卑怯だ。これから酷いことを告げようとしているというのに。
 恭平のことを傷つけたくない。でも、彼のためになることなのだから。咲良はそう言い聞かせて初めて彼に嘘をついた。
「他に、好きな人ができたんです」
 告げると、一拍の沈黙が流れた。
『……随分いきなりだな。どういうことかな』
 恭平が戸惑うのはあたりまえの話だ。
『エイプリルフールはまだ先のような』
 彼はそんなふうに場を取り繕うとする。流されてしまわないように咲良は心を鬼にして追撃した。
「冗談ではありません。本気です。だから、別れてほしいのです。ですから、破談に……婚約を破棄してほしいのです」
『理由は?』
「好きな人ができたからです」
『君はあまり嘘が得意じゃない。そうだろ?』
「私の仕事を理解して、いつも側にいてくれる人がいいって思ったんです。日本にずっといられる人が……」
『ひょっとして、俺の母親が君に何か言いにでも言った?』
 鋭い指摘にドキリとする。一瞬、口ごもりそうになったが咲良はきっぱりと断言した。
「いいえ。関係ありません。冷静になって考えた結果です」
 そう告げたあと、さすがに恭平も押し黙った。
『本気でそう思ってる?』
「はい。一度は了承したのに、申し訳ないとは思っています」
 咲良が真摯に告げていることがようやく伝わったのか、電話の向こうで深々としたため息が聞こえた。
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