諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 恭平は否定も肯定もすることはなかった。それは、二人の距離が完全に離れたことを意味していた。
『……さよなら。百川さん』
「さよなら……高宮さん」
 声が聞こえなくなっていく。
 通話オフのボタンを震える指先で押した。
 咲良は座っていたベッドに倒れ込むように横になった。浮かんでいた涙が目尻から頬へと伝って布団を濡らしていく。
 もう彼に連絡をすることは叶わない。声を聴くこともできない。会うことはできない。この先、名前を呼ぶことも……触れ合うことも。
 こんなにも簡単に縁がなくなってしまうなんて、彼と付き合いはじめた頃は思いもしなかった。
 あっけなく二人を繋いでいた糸は消えてしまった。
 さよなら、恭平さん。
 愛していました。
 運命だと思っていました。
 でも、私たちはこんなふうに別れる運命だったんですね。
 目の前にある大事な婚約指輪。薄紅色の花を添えた純白の――透明だった彼の気持ちを裏切った。
 咲良はその日、初めて声をあげて泣いた。
 子どものときすら経験しなかった、激しい嵐の中にいるかのような慟哭だった。


***


「――わかりました。すぐに手配いたします。ご家族にはこちらからご連絡を……」
 恭平は通話を切ったあと、蓄積した疲労を押し流すようにため息をついた。
 大規模火災に日本人が巻き込まれたようだ。政府から非常事態宣言が出されるようなテロではないことが確認されただけ安堵したが、次の問題が浮上した。
 どうやら犠牲者の中に不法就労をしていた人間の中に日本人が数名含まれていたいたことが判明し、その連絡周りや手続きに追われていたのだった。
「来て早々、急務を押し付けるようで申し訳ない」
「いえ。それが私の仕事ですから」
 恭平は異動辞令通りに、今春からここパリの八区オッシュ大通り七番地にある在フランス日本国大使館に入り、大使代理という立場となる。任命されたのは大使の補佐役となる公使という役職だ。
 前任からの引継ぎのために早めに大使館に入っていたが、急きょ引継ぎ業務よりも優先する事案が発生したというわけだ。
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