諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 なんのために嘘をついてまで恭平と別れを選んだのか。あんな別れをつきつけた咲良を彼は応援してくれるとまで言ってくれたのに。ますます意味のないものになってしまう。それがとても悔しくてたまらない。
「つわりは人それぞれだというから、一様に大丈夫とは言えないし、早々に落ち着くことを願うしかないわよね」
「仕事のことなら、産休に入って戻ってきて活躍する人もいるわよ。まだ若いんだから焦らなくたっていいのよ」
 励ましてくれる先輩たちの気持ちが素直に嬉しかった。
「でもそれは……」
 喉元まで弱音でかかった。彼女たちがやさしいから、その優しさにまた甘えるところだった。もう誰かにすべてを打ち明けてしまいたい、そんな崖っぷちぎりぎりのところに精神状態が追い込まれている。
 でも、咲良の私情に先輩たちを巻き込むわけにはいかない。職場は誇り高きプロが所属する神聖な場なのだ。せめて泣き言を仕事場に持ち込むことはしたくない。
 咲良の沈んだ様子を察したのか、先輩たちは事情を深く聞いてくることはなかった。普段は咲良をからかって楽しんでいる先輩だが、心根はやさしい人たちなのだ。彼女たちの気遣いに感謝した。
「とにかく、上長にきちんと相談して、今はしっかり休暇を取った方がいいわ」
「はい……年度末の忙しいときにご迷惑をおかけしてすみません」
 咲良には平謝りするほかにない。
「気にしないで。とにかくお大事にしてね」
「ありがとうございます」
 それから咲良は重たい足取りのまま上司に事情を報告した。業務に差支えのある体調が続いていることを相談すると、それならまだ消化していなかった有給休暇をとったらどうかと提案された。
 妊娠中の有給休暇は産前休業を請求していない限り、とることができるらしい。ただの欠勤になるよりもメリットがある。
 今から休めば年末年始の休日を挟んで長く休めるだろうから、その後のことは体調や状況に応じて改めて相談するということで話がまとまった。
「大丈夫。君の代わりを務めてくれる頼もしい人たちがいる。今は安心して休んでくれて構わないよ」
 存外に、通訳の代わりはいくらでもいると言われているみたいに感じられて、そんなふうに卑屈になっている自分の心境にもまた落ち込んでしまった。
「……ありがとうございます。お言葉に甘えるようで恐縮ですが、よろしくお願いします」
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