諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
それでもいつかは声を忘れ、顔を思い出せなくなり、やがて思い出もどんどん色褪せていくものだろうか。時間が傷や痛みを癒してくれるように、この身に刻まれた愛しい記憶もそうして薄れていくのだろうか。
しばし空を見上げて桜の花に想いを馳せつつ、咲良は秘めた想いをまた胸にしまい込んだ。
掃除を終わらせて旅館の勝手口に戻っていくと、同僚の仲居が声をかけてきた。
「咲良さんって、いずれはここで若女将になるのかしら?」
年の近い仲居が期待を込めて咲良を見る。
「えっ」
「そのつもりで従業員になったのではないの?」
思いがけないことを言われ、咲良は目を丸くした。日々の暮らしで精一杯で、今よりずっと先の未来のことはまだ考えられていない。
「まさか」
「でも、元々は咲良さんのお母さんが若女将だったわけでしょう? ありえない話ではないわよね」
たしかに事実としては間違いない。咲良が高校生の頃に母が病気で他界してしまってから若女将というポジションは空いたままだ。祖父母にそのことを追及したことは特になかった。
近隣の大きなホテルのように百人以上の従業員を雇っているわけではなく、三十人にも満たない従業員の中、板長や仲居頭といった古くから支えてくれる人たちを中心に盛り立てている状態だ。
花之湯旅館は既に家族経営だけの問題ではなく、観光業界や地元でなくてはならない存在ゆえ、年老いた祖父母の代わりに旅館の経営を任せられる支配人と呼べる人材については、近々外部から迎えることになるかもしれないという話は聞いたことはあったが。
「私は、まだまだそんな器ではないですよ」
「いずれの話よ。こっちにきてから大女将も大旦那も嬉しそうでしょう」
「それは、通訳をしてきた経験が仕事に役立っているからだと思います」
咲良が通訳係を志願した時にも実情は知っている。
このあたりは観光地として人気を博しており、花之湯旅館も国内からだけではなく外国客が多く訪れる。近年は年々その数が増える一方のようだ。
大抵は英語さえ話せればなんとかなるが、観光客の出身国は何も英語圏だけではない。例えばアジアや欧州からの客もいる。だからマルチリンガルに通訳ができるスタッフが欲しいのだ。
しばし空を見上げて桜の花に想いを馳せつつ、咲良は秘めた想いをまた胸にしまい込んだ。
掃除を終わらせて旅館の勝手口に戻っていくと、同僚の仲居が声をかけてきた。
「咲良さんって、いずれはここで若女将になるのかしら?」
年の近い仲居が期待を込めて咲良を見る。
「えっ」
「そのつもりで従業員になったのではないの?」
思いがけないことを言われ、咲良は目を丸くした。日々の暮らしで精一杯で、今よりずっと先の未来のことはまだ考えられていない。
「まさか」
「でも、元々は咲良さんのお母さんが若女将だったわけでしょう? ありえない話ではないわよね」
たしかに事実としては間違いない。咲良が高校生の頃に母が病気で他界してしまってから若女将というポジションは空いたままだ。祖父母にそのことを追及したことは特になかった。
近隣の大きなホテルのように百人以上の従業員を雇っているわけではなく、三十人にも満たない従業員の中、板長や仲居頭といった古くから支えてくれる人たちを中心に盛り立てている状態だ。
花之湯旅館は既に家族経営だけの問題ではなく、観光業界や地元でなくてはならない存在ゆえ、年老いた祖父母の代わりに旅館の経営を任せられる支配人と呼べる人材については、近々外部から迎えることになるかもしれないという話は聞いたことはあったが。
「私は、まだまだそんな器ではないですよ」
「いずれの話よ。こっちにきてから大女将も大旦那も嬉しそうでしょう」
「それは、通訳をしてきた経験が仕事に役立っているからだと思います」
咲良が通訳係を志願した時にも実情は知っている。
このあたりは観光地として人気を博しており、花之湯旅館も国内からだけではなく外国客が多く訪れる。近年は年々その数が増える一方のようだ。
大抵は英語さえ話せればなんとかなるが、観光客の出身国は何も英語圏だけではない。例えばアジアや欧州からの客もいる。だからマルチリンガルに通訳ができるスタッフが欲しいのだ。