諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 咲良としても出戻ってきた身としては、通訳係がいると助かると言ってもらえることはありがたかった。少しでも役に立って恩返しができていることにホッとするし、自分の存在価値を認めてもらえる意味でも嬉しいと思う。社会から離れて仕事のブランクができた咲良にとってもよいリハビリや気分転換にもなっていた。
 あの日、寄る辺なく頼りなかった自分は、飛べなくなった鳥も同然だった。だから羽を休める場所が必要だった。傷はやがて少しずつ癒え、親鳥となった咲良には幼い雛ができ、小さな子を育てるための新しい生活がはじまった。最初は右も左もわからず勝手がわからなかったけれど今では少しずつだが子育ての要領も得てきたところだ。
 祖父母は咲良のことはもちろん恵茉のことをかわいがってくれている。いつまででも気が済むまで居ればいいと言ってはくれている。気にすることはない、それこそが親孝行ならぬ祖父母孝行でもあるのだから、とまで言ってくれる。
 そんな祖父母や関わってくれる従業員の皆には心から感謝をしている。ここに戻ってきて本当によかったと思う。
 だが、このまま甘えているだけでいいのだろうか。
いつまでも安息の地に浸かっているだけではいけないのではないか、と胸の内側に残された情熱が自分に訴えかけているのだ。
 旅館にいる間に任されている通訳は観光客に対する挨拶や案内程度で、ビジネス的なものや異文化交流に発展するよう内容ではない。だからか、どこか物足りなさやもどかしさ、燻ったものを感じてしまうことがあるのだ。
 咲良はいつかまた機会があれば、自分の誇りや信念を取り戻したいとも考えている。通訳が難しければ翻訳の仕事からでもいい。やはり好きな分野に関わりたいと思ってしまうのだ。
 勿論、まだ恩返しはしきれていないし、恵茉がまだ小さいうちは、今すぐにどうという話ではないけれど。
(そう。今は……何より恵茉のことを最優先に考えなくちゃいけないものね)
 気分を入れ替え、咲良は仲居に話を振った。
「客室の準備、まだのところ行ってきましょうか」
「ええ。じゃあ、私は本館の残りを。咲良さんはいつもの通り別館の方をお願い」
「承知しました」
 本館は古くからの建物で別館は観光客の増加にあわせて増築した方で、少し奥まった離れているところにある。客室もまだ新しく綺麗で本館よりも上質な造りをしている。
< 67 / 126 >

この作品をシェア

pagetop