諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
中には露店付きの部屋や庭に面した部屋などがあり、本館よりも静かに過ごせるようになっていた。そのため、国内外から訪れたビジネス関係のVIP客やセレブ客が忍んで利用することもあった。
挨拶や案内程度の通訳なら、他の仲居もマニュアルのテンプレートにあるようないくつかの例文を心得ているしが、難しい通訳が発生するのは大体ビジネス客が宿泊している別館にいるときだ。だから咲良は別館を任されることが多かった。
本館から別館への渡り廊下からは窓越しに外の庭が一望でき、目線を上げれば遠くの山々の風景などが広がっているのを見ることができた。
咲良は連泊している客の邪魔にならないよう足音をあまり立てないように歩いていく。手には補充用の座布団を二枚ほど抱えていた。
早朝にチェックアウト済みの部屋の掃除をし、空き部屋の様子を確認する必要がある。このあと通常のチェックアウト時間がやってきて客の往来が増えるので、その間にやれることをやっておかなくてはならない。
咲良が移動していると、渡り廊下の奥に向こう側から二人の男性が歩いてくるのが見えた。まだ遠くにいるので表情こそ見えないが、ひとりは日本人、ひとりは外国人。後ろにもう一人男性が控えている。彼らの身なりや雰囲気から推察するにVIP客かもしれない。
彼らはちょうど渡り廊下の途中、庭園の前の窓辺で立ち止まった。咲良は彼らにすれ違う前に丁寧に頭を垂れると、何も聞かれることがなかったのを待ってから、補充用の座布団を抱きしめ、速やかに立ち去ろうとした。
その時だった。つるりと手元から座布団が滑り落ち、事もあろうに咲良はその上に足を乗せてしまった。
しまった、と思ったが遅かった。
仲居たちはお座敷に出る時以外は作務衣を着ており、滑り止めのついた足袋を履いている。動きやすい格好であるとはいえ、庭園の窓辺の廊下はちょうど扇型の橋を模すようにほんのわずかに傾斜がついている。そのせいで反応が遅れ、思いっきり転倒の手助けになってしまったのだ。
「きゃあっ」
目の前に床が迫ってくる恐怖で咲良は客が目の前にいるというのに思わず声をあげてしまう。
万事休す。もはや目を瞑って衝撃を待つほかにない。
しかし。
「っと……大丈夫ですか?」
どうやら寸前で免れたらしい。
挨拶や案内程度の通訳なら、他の仲居もマニュアルのテンプレートにあるようないくつかの例文を心得ているしが、難しい通訳が発生するのは大体ビジネス客が宿泊している別館にいるときだ。だから咲良は別館を任されることが多かった。
本館から別館への渡り廊下からは窓越しに外の庭が一望でき、目線を上げれば遠くの山々の風景などが広がっているのを見ることができた。
咲良は連泊している客の邪魔にならないよう足音をあまり立てないように歩いていく。手には補充用の座布団を二枚ほど抱えていた。
早朝にチェックアウト済みの部屋の掃除をし、空き部屋の様子を確認する必要がある。このあと通常のチェックアウト時間がやってきて客の往来が増えるので、その間にやれることをやっておかなくてはならない。
咲良が移動していると、渡り廊下の奥に向こう側から二人の男性が歩いてくるのが見えた。まだ遠くにいるので表情こそ見えないが、ひとりは日本人、ひとりは外国人。後ろにもう一人男性が控えている。彼らの身なりや雰囲気から推察するにVIP客かもしれない。
彼らはちょうど渡り廊下の途中、庭園の前の窓辺で立ち止まった。咲良は彼らにすれ違う前に丁寧に頭を垂れると、何も聞かれることがなかったのを待ってから、補充用の座布団を抱きしめ、速やかに立ち去ろうとした。
その時だった。つるりと手元から座布団が滑り落ち、事もあろうに咲良はその上に足を乗せてしまった。
しまった、と思ったが遅かった。
仲居たちはお座敷に出る時以外は作務衣を着ており、滑り止めのついた足袋を履いている。動きやすい格好であるとはいえ、庭園の窓辺の廊下はちょうど扇型の橋を模すようにほんのわずかに傾斜がついている。そのせいで反応が遅れ、思いっきり転倒の手助けになってしまったのだ。
「きゃあっ」
目の前に床が迫ってくる恐怖で咲良は客が目の前にいるというのに思わず声をあげてしまう。
万事休す。もはや目を瞑って衝撃を待つほかにない。
しかし。
「っと……大丈夫ですか?」
どうやら寸前で免れたらしい。