諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 咲良をとっさに受け止めてくれた人がいた。通り過ぎようとしていた二人組の日本人だろうか。
 ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、咲良はハッとして彼から離れた。
「も、申し訳ございません。私の不注意でご迷惑を……お客様にお怪我はございませんか?」
 咲良が顔をあげて彼を気にかけると、その人物と目が合った瞬間、咲良は息を呑んだ。
(……うそ)
 頭の中が真っ白に染まりかかる。
 何故なら、助けてくれた彼がそこにいるはずのない人……恭平だったからだ。彼もまた唖然としてこちらを見ている。互いに幻でも見ているかのように。
「た、大変失礼いたしました!」
 違う、彼じゃない。幻ではないなら似た人だ。気のせいだ。まさか、そんなはずがない。彼がここにいるはずがない。忘れられないからと、夢にばかり見ているから面影を勘違いしただけだ。
 咲良はあれこれ心の中で言い訳をして打ち消し、慌てて滑り落ちた座布団を回収して逃げるように去ろうとすると、強い声に呼び止められる。
「待って、君」
 つられて歩みを止めてしまった。
 いけない、と制止する心の声よりも先に……その忘れかけていた声を、聴きたかった声を、その主が本当に彼かどうかを確かめていたくなってしまった。
 さっき思い浮かべていた幻の残像ではないかと、自分の目を疑ったが、やはり本物だと認めるほかになかった。
 最後に会ったのはもう何年も前なのに。
 でも、ちゃんと覚えている。そのことにまた自分の未練が深いことを知って絶望し、一方でたちまち愛おしさがこみ上げてきてしまう。
「……っ」
 恭平さん……そう言いかけそうになったが、喉の奥が締まって声にならない。
「咲良? どうして、ここに……その仕事着は一体……」
 咲良の肩がびくりと震える。彼に呼ばれたことでやはり現実だと受けとめざるをえない。
 戸惑う彼に、咲良はすぐに返事ができない。
 立ちすくんだまま互いに茫然として相手を見つめていた。
(どうして……)
 知らないふりをしてお客様に接するように対応すればいいのか。そもそもなんて声をかければいいのか。何も思い浮かばない。
 そんな二人の間に、別の人の声が割って入る。
「どうしたんだ。何かトラブルかい?」
「いえ。失礼しました。少し旅館の庭に咲いている花について、聞きたいことがありまして」
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