諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 度々、咲良がどうしているか気にかかることはあったが、きっと通訳の仕事を頑張っているのだろうと考えていた。そして彼女が言っていた好きな人と一緒に幸せになるのならば、と恭平は自分をむりやり納得させていた。簡単に日本に帰れない身で拒む彼女を無理矢理振り向かせるような真似はしたくないと思った。激務に身を任せていればそのうち時間が解決するだろうと考えていた。
 あの後、実は母親の和葉から縁談を持ち掛けられていた。相手は元CAで沢木議員の娘である梨乃という女性だ。恭平も昔から知っている相手ではある。
 しばらく断り続けていたが、身を固めるべきだと執拗に言われているうちに、縁談の有無とは別に、恭平はそろそろ咲良への想いを捨てるべきだと自分に納得させようとしていた。
 しかし恭平の中に躊躇いが何度も生まれた。結局、いくら激務の中に時間を費やそうと、咲良のことを忘れることはできなかったのだ。
 そんな矢先に、再会したあの瞬間、その未練を改めて突き付けられたようだった。
(咲良……俺は、君のことをまだ……)
 こんなに自分が未練たらしい男だったとは、と苦笑する。何かモノやヒトに執着するような性質ではないと思っていたというのに。
 未練という感情に平伏しつつ、今の自分の境遇を振り返る。
 海外勤務もあと一、二年は継続することになるだろう。今回は一時的な帰国だ。仕事で来ているだけに過ぎない。共にフランスからやってきた使節団と共に一週間ほど東京に滞在する予定ではいるが、またすぐにフランスに戻らなければならないのだ。
 だったらもうむやみに彼女に関わるべきではないと引き留める自分が心の中にいる。だが、今の彼女を見過ごすべきではないとも思う。
(なぜだ。なぜ通訳の仕事をやめた? あれほど彼女が誇りに思っていたものを手放した理由はなんだ)
 どうしても腑に落ちない。視えない澱のようなものが内側にこびりついている。その正体を追及するべきなのではないかと追い立てるもう一人の自分がいる。
「大丈夫かい? 先ほどからどこか上の空だ。君らしくないね」
「申し訳ありません。この幻想的な雰囲気、春の陽気につられているようです」
 ふむ、その正体は花粉かな、と相手は笑ってから言った。
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