諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
「いや。謝ることはないさ。ポーカーフェイスの君の表情を崩す存在に、私は興味を持ったんだ。ひょっとして君が気になっているのはさっきの女性か? 知り合いだったのかい?」
「いえ。知り合いのような……気がしただけですよ。それよりも――」
 恭平はそう言い添えてから風景の方へ目をやった。
「この付近が蕾ならば、東京はきっと桜が満開でしょうね」
「ああ。こちらの絶景も素晴らしかったが、東京でも楽しみにしているよ」
 恰幅のいい彼は全身で身振り手振りをしながら、君のことを頼りにしているよ、と彼は言った。
 彼はフランスの現大統領が指名したベテラン政治家である首相の閣僚に名を連ねる一人で、今回は日本の制度や産業、技術、伝統、文化などの視察にやってきている。近年、観光地として栄えている地の一つを巡ってから、このあとは日本のフランス大使館に案内する予定があった。
「ええ。この後のご案内はすべて私にお任せください」
 恭平は粛々と朗らかに受け答えたが、先ほどの動揺は外交官としては些か失格だったかもしれない。
 これから会談に臨む彼に束の間の周遊を楽しんでもらうことも任務の一つだ。失望させていないといいのだが。明日しっかりとフォローに努めなければと省みる。
 それから改めて咲良の事情について思案していた。
(好きな相手は旅館の当主で、結婚して移り住んだのか……?)
 不意に恭平の脳裏には、かつて彼女を自分の両親に紹介した場面が浮かんできていた。
(いや、咲良の両親は確か……ならば、ここは彼女の実家か? 継ぐために婿入りを?)
 だが、祖父母は咲良の夢を応援して上京させてくれたと言っていたはずだ。それほど具合が悪くなって継ぐ人間がいなかったということだろうか。
 しかしそのどれもしっくりとこない。
 恭平はこれからゲストと共に東京に移動する。
 しばらく使節団と共に日本に滞在する予定なのが幸いだった。その間に、必ず彼女に会いに行くと決めた。


***


 夜、静かになった旅館の中――。
 住居棟の部屋の一室で、隣で眠る恵茉を眺めながら、咲良は今日のことを振り返っていた。
『……咲良』
 確かめるように恭平が名前を呼んだ。
 それから――
『改めてまた君に会いに来るよ』
『必ず』
 彼の声がいつまでも鼓膜に残響を震わせていた。
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