諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 恭平は咲良がここにいることに驚いていた。それもそのはずだ。彼には咲良の実家が旅館であることは告げていたもののそれ以外のことは何も教えていない。
 あのあと、和葉が恭平にわざわざ教えるようなこともなかったのだろう。和葉にとっては咲良がお払い箱になればそれでよかったのだから。
 和葉と対峙したあの日のことは今でもトラウマに感じるくらい苦しい思い出だが、でもそのおかげで咲良はあれから三年ほどここに身を休めていられた。
 恭平がいつ帰国するかわからない以上、都内で働いていればそれこそばったり会う確率だってあったことだろう。
 それなのに。
 まさか、この地で再会するなんて。
 とうとう彼に見つかってしまった。
 でも彼にはまだ恵茉のことは知られていない。
 せめてこの子の存在を知られるわけには。
 ぐるぐると考えを巡らせながら、咲良は恵茉の小さな手をそっと握った。
(恵茉……)
 目を瞑ってすやすやと寝息を立てる彼女が愛おしい。
 眺めているうちに、胸の内側がぎゅっと狭くなる
 我が子を守らなければならないという気持ちと同じだけ、恭平の子でもあるのに告げないまま勝手に隠してしまった罪悪感に苛まれる。そして、今でもまだ彼を愛しているということを思い知らされる。
(恭平さん……私は今もあなたのことが……)
 どうしたって認めざるを得ない。
 忘れられなかった、というよりも、ずっと愛していたのだ。彼への想いはあのときのまま色褪せるどころか、色づいたまま滔々と内側で燃え続けていた。そのことを思い知らされる。
 恭平の顔も声も仕草も、ぼやけはじめていた記憶が、今日彼に会った途端に一気に蘇ってしまった。
 恵茉は恭平に似ている。彼にそっくりだと思った。
 咲良と恭平が愛し合った証、その宝物。
 そう思えば思うほど、涙が溢れてきてしまう。
 咲良は嗚咽を堪えて恵茉の手をまた握った。起こしてしまわないようにそっと。
「……っ」
 そうして恵茉に寄り添うように咲良は目を瞑った。
 それからも、いつまでも恭平の声が耳から離れなかった。
 かつてやさしく微笑んで抱きしめてくれた彼との思い出が夜通し咲良の胸を締め付けていた。



■5章 怒涛のアプローチ



 翌日、咲良はいつも通りに旅館の中で働きながらも、いつ恭平がまた訪ねてくるかわからない不安を胸に抱えていた。
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