諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 運命の日は唐突にやってくる。
 保育園に車で迎えに行った帰りに咲良は旅館の勝手口からいつものように住居の方へ回ろうとした。
 そのとき。いつそこに来ていたのか。恭平が待っていたのだ。
 彼は咲良が手を引いている恵茉の方に視線を注いでからハッとしたように咲良を改めて見た。
「咲良、その子は――」
 顔面から血の気が引いた。
 反応が遅れてしまった。
 すぐにも恵茉の手を握ってそれからすぐに逃げ出せばよかったのに。
 咲良の足はまるで根っこが生えたみたいにそこから動かなかった。

 「君は今もひとりで――否、その子と二人で?」
 彼が驚いたようにこちらを見る。
 だが、ある予感を込めた眼差しがそこには同居していた。
「その子はひょっとして」
 その問いに答えられず、咲良は知らないふりをして踵を返そうとした。彼に知られるわけにはいかない。とっさの行動だった。
「待って」
 強い力に肩を抱かれ、視線が交わり合う。
 一瞬にして昔に戻ってしまいそうな、懐かしさが胸の内側に去来する。
 零れてしまいそうになる真実を必死に抑え込みながら、咲良は改めて自分を戒める。
 彼に知られてはいけない。もう一度、強く胸に刻み込む。
 だって二人の縁はあのときに切れてしまったのだから。
「放してください。私とあなたは、もう何も関係がありませんから」
「俺の目を見ても言える?」
 たとえ愛しさが溢れそうになっても……。
 あのとき二人は出会う運命だった。
 と同時に別れる運命でもあったのだから。

 視線が交わる。強く惹きつけられて少しも逸らせない。彼の慈愛に満ちた瞳に心が揺らぎそうになる。
 恭平はいつもそうだった。人の心を自分に引き寄せて懐に入れ込む。彼にならば預けてもいいと思わせる。呑まれてはいけない。震えそうになる身体を必死に奮い立たせ、咲良は唇を噛む。
 咲良が何も言えずに押し黙ると、恭平は労わるように問いかけた。
「その子は、君と俺の子なんじゃないか?」
「ち、違います」
 咲良は混乱していた。恵茉を守るように側に引き寄せた。恵茉は何があったのかわからずにただ咲良にしがみついている。怯えさせてしまっていたかもしれない。
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