諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 だが、今はこの場を乗り切ることだけに必死で、少しも言葉が見つからない。恭平の存在に心がかき乱されている。とにかく勢いに任せてでも訂正するしかなかった。
 そんな咲良に比べて、恭平はいつまでも温厚な姿勢を崩さない。
「落ち着いて、話をさせてほしい」
 対話を望んでいるのだということが伝わってくる。きっとここに来るまでにいくつもの疑念を浮かべては冷静に分析していたのかもしれない。彼は出会った時からそういう人だった。
「話すことなんて何も」
「じゃあ、俺から聞くよ。君は前に言っていた好きな男とあのあとすぐに結婚してこの子をもうけた? その相手はどこにいる? ここにはいないようだが」
 責めるようにではなく事実として確かめるように彼は尋ねてきた。
「……それは」
 嘘が苦手だ。冗談が通じない。咲良がそういう人間だと彼もまた知っている。
 どうしてそういう時ばかりお互いのことが分かり合えているような気持ちになるのだろう。
 お互いのために決めた別れや嘘があったはずなのに、今の咲良では取り繕うことも用意していた嘘を彼に突きつけることができない。彼を目の前で傷つけたくはない。
「じゃあ、何があったんだ。相手は、君とその子を放ったらかしにしている、ろくでなしなやつなのか?」
「違います」
「ろくでなしの男は、俺かな……」
 恭平は自嘲気味に言いつつ、何か言葉を探しているようだった。彼は咲良から何かを引き出そうとしているのかもしれない。職業柄、彼は交渉事に慣れている。彼と話をしていると彼のペースに乗せられてしまうのだ。
「そうやって尋問みたいなことしないでください」
 咲良が言うと、恭平は悲しげに睫毛を伏せた。
「すまない。君を信じすぎていたあまりに、別れを告げられたあのとき、俺はあっさり受け入れすぎていた。もっと踏み込んで、君をの嘘を疑うべきだった」
 もうここまできたら恭平にはごまかしが効かないのだと、咲良は思った。
 では、どうしたら彼は納得して引き下がってくれるだろう。
「そんなに怖い顔をしないでくれ。君からその子を奪おうなんてしないよ。大事な子だろう」
 咲良の不安の種をそっと摘むように恭平は言った。それから一歩、咲良と恵茉の側へと近づく。
「恭平さんだって、婚約者の方と……ご結婚されたのではないですか。今さら……ここへ来たって……もう」
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