諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 以前に疑問に思ったように、恭平はしばらく日本にいるらしいが、だとしたらいつまでいるのだろう。今日は一人の自由時間があるようだが、他の旅館あるいはホテルに宿泊しているのだろうか。それとも東京からわざわざ来てくれているのか。
 どちらかは判らないが、また明日来るということは……まさか滞在している間ずっと通い詰めるつもりだろうか。
「咲良」
 悶々と考えながら住居棟を歩いているときに、祖母に声をかけられてハッとする。
「どうしたの? 青い顔をして」
「なんでもないの。大丈夫よ」
 そんなやりとりをしていると遅番の準備をしていたらしい仲居がパタパタと駆け寄ってきた。
「ねえねえ、咲良さんったら。さっきの素敵な人、知り合い?」
「え……」
「ちょっと窓から見えちゃって。すごくかっこいい人よね」
 仲居の一人が声を弾ませて言うと、もう一人が頬を紅潮させて興奮ぎみに続ける。
「ドキドキしちゃった。都会のエリートマンっていう感じじゃない。ねえ、どういう関係なの」
 ずいずいと顔を近づけてくる仲居たちに、咲良はたじたじになる。
「ど、どういうというか……ちょっとした昔の知り合いですよ。私、東京で通訳の仕事をしていたから」
 彼女たちの勢いに押されてしどろもどろになってしまったが、余計なことは言わずに済んだ。
「あ、そうだったよねえ。ていうか、すごくいい雰囲気だったけれど、もしかして!」
 仲居の二人が完全にロックオンしている。咲良はまずいと背中に汗をかいた。否定すればするほど怪しく感じてしまうかもしれない。今度こそ余計なことを口走ってしまいかねない。咲良だけではなく恵茉にも言及されてしまうかもしれない。恭平との再会で混乱している上に、ますます頭の中がぐるぐるしていた。
 と、そこへ助け船が入った。
「ほらほらあなたたち、お客様のところへいってちょうだいな」
 追いやられていた祖母がさすがに見かねたらしく咲良と仲居たちの間に割って入ってくる。仲居たち二人を追い払うような仕草をしてみせた。
「大女将さんったら、まだ時間まであと少しあるのに」
「いいからいいから、暇なら早めにとりかかってちょうだいな。その分、夜の賄いサービスするから。ね?」
「ええ。太っちゃうし、だったら明日のお茶菓子がいいなぁ」
「わかりました。それで手を打ちましょう」
「やったーわーい」
「はぁい」
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