諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 そうだ。どうして彼は自分のことよりも先に咲良のことを考えてしまうのか。そういう彼のやさしさに触れるたびに咲良は自分の狭量な考えや浅慮さがいやになってしまう。不甲斐なさに泣いてしまいそうになる。
「あるよ。俺が知らなかったとはいえ、君を独りにしてしまった。その間、ここは君を守ってくれたんだから。頭が上がらないよ」
 恭平はまっすぐに咲良を見た。彼はいつだって揺るぎない。迷いや躊躇いがあろうと、彼の中にはいつも確固たる信念や人を思いやる優しさが備わっているのだ。
 彼は賢い人だ。賢さとはただの知性だけではない。人の感情の先にあるものや裏にあるものを気遣い、汲み取れる想像力を持つ人のことをいうのだと咲良は思っている。その想像力があるからこそ彼は優しく人に接することができる。
 そういう彼だからこそ私は――彼に惹かれた。
 そんなふうに感情的になればなるほど、咲良は身につまされる想いになる。悔しいけれど、もう何も言えなくなってしまった。
 そんな咲良の心中を推し量ったのか、恭平は一歩踏み込んできた。
「君こそ、この子が支えになったその理由の一つに、俺への気持ちが残っているということにはならないか? 俺を愛しているからこそ、その子を産んだ。今でも君は俺のことを……愛してくれているんじゃないか? その子に向ける愛情と同じだけ」
 そんなのは思い上がりだと反論してしまえばいいのに。恭平の一言ずつには咲良の図星を突く。皮肉にも、咲良には用意できない説得力を彼の方が先に提示してきた。
 彼のいうとおりだ。
 恭平のことを愛していたから、今でも愛しているから、彼との間にできた愛の証を愛おしく感じ、恵茉の存在や成長が、咲良の生きる力になったのだ。
 たとえ結ばれなくても二人の間に恵まれた宝物が、思い出があれば……そんなふうに励まされてきた。
 今だって目の前にいる恭平のことが――。
「でも、もう思い上がるのはやめるよ」
 恭平が咲良から距離をとる。
 風が、二人の間を通り抜けていく。
 いつか感じたあの桜の香りと、霞むような薄紅色の景色に包まれる。ひどく懐かしくて同時に苦しい気持ちになっていく。やがて夕陽色と混ざって幻想的な風景へと移ろっていく。現実と幻覚とが曖昧になるかのように。
 けれど、これは紛れもなく現実だ。
「これが最後だ」
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