諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 恭平はその日、自分が宿泊しているホテルに帰って行ったが、朝になってすぐチェックアウトしたのか荷物を持って咲良にまた会いに来た。
 一部屋空いている客室を借りて、その際、あの日あったこと和葉とのことをようやく恭平に打ち明けたのだった。
 しばらく咲良の話に耳を傾けて渋面を浮かべていた恭平は、重々しいため息をついた。目の前のお茶はすっかり冷めきっていた。
「なるほどな。そういうことだったのか。ますます申し訳ない。母が君を追い詰めてしまっていたんだな。俺がそれに気付いてさえいれば……」
 そう言う彼の表情には悔恨の色が滲んでいる。彼の握った拳にも耐えきれぬ感情を抑え込むかのように力が込められていた。
「無理もありません。いくら恭平さんが観察眼のある人であろうとも、すべてを把握するなんてできるはずがありません。それに、これは今だからこそ打ち明けられることなのですから」
 咲良は恭平をフォローしながら自分にも言い聞かせていた。それから思い出したことを口にする。
「それじゃあ、梨乃さんとの婚約の話は通ってなかったんですね」
 あの食事の席で和葉と一緒にいた梨乃のことを思い浮かべながら、咲良は改めて安堵のため息をついた。
 もしも恭平があのまま咲良以外の人と婚約し、結婚していたら……今のような未来は絶対になかっただろう。
 それこそ恭平と別の女性の間に子どもができていたかもしれなかった。そしたら咲良はやはり一生ずっと隠していきていく他になかったはずだ。
「たしかに彼女との縁談を持ち掛けられたが、その気はないと突っぱねていた。まさかそんな裏の事情があったとは知らずにいた。腹立たしいよ。君だって本音では俺の母のことを許せないだろう」
 まだ怒りの治まらない恭平に、咲良は自分の中で整理してきた考えを打ち明ける。
「いえ。たしかに私にとって脅威ではありましたが、お母様……和葉さんも、あのとき恭平さんのために必死だったのだと思います。恵茉が生まれて子育てを経験してきた今なら私にもわかるんです」
 子を持つ親の気持ちを。
 そっか、と恭平は小さく呟いて、咲良の額へと懺悔とも慰撫ともとれるようなキスをくれた。
「……向こうに発ったら、父と母ともきちんと話をしよう。もちろん君が嫌じゃないのならだけれど」
 恭平の気遣いを感じて、咲良は彼を安心させるように頷いてみせた。
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