諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
咲良は目を白黒させながらも、ようやく自分から恭平のことを同じように抱きしめ返したのだった。
それからは忙しくなった。
保育園には急に転勤が決まったのだと連絡を入れた。かかりつけ医だった小児科医にも母子手帳をもって渡仏するのに問題はないかを確認した。
そして旅館を去ることになった日。
「長い間、お世話になりました」
この数年の間、一緒に働いてきた仲居たちには寂しがられたが、ここは故郷だからまた顔を出すと告げると、いつでも帰ってきてほしいと泣かれてしまった。
ごほん、と祖母が胸を逸らした。今日も立派に着物を袖に通したその大女将の姿勢の良さは実際の年齢よりもぐっと若く見えた。そして祖母は仲居たちにお説教をはじめた。
「若人よ。あなたたち覚えておきなさい。お嫁に出すときは、二度と帰ってこなくていいわよ……くらい言わないと。それが真の餞の言葉っていうものだわ」
「ええ。大女将さん冷たい。寂しいときは素直に寂しいって言ってもいいじゃないですか。咲良さんには素直になりなさいなんて言うくせにぃ」
ハンカチを握りしめながら仲居たちが口を尖らせる。側にいた板前がからかうように言った。
「はは。一番寂しいのは大女将や大旦那でしょう。そういうのを本人の前では見せないもんなんですよ。大旦那なんかさっきまでいたのに別れの時間になったらひょっこり姿を隠しちまって」
「……あたりまえでしょう。でも、それ以上に孫には幸せを望んでいるのよ。娘の分もね」
祖母の表情には子を想うやさしさが滲んでいた。
「ありがとう。大女将……そして、大好きな私のおばあちゃん」
「ええ。元気でがんばりなさい。あなたが信じる道を。私たちはいつだって応援しているから」
「うん……」
溢れる涙を堪えていると、祖母の瞳に光るものが見えた。
「恭平さん、この通り、融通の効かない頑固なところある孫娘ですが。咲良のことも恵茉のことも、よろしくお願いしますね」
「はい。しっかりお預かりします」
「ええ。ですが、一生お返ししなくて結構よ。その代わり、私たちが生きている間にまた会いに来てちょうだい」
おじいちゃんにもちゃんと伝えておくわ、と祖母は可愛らしくウィンクした。
「大女将は千年でも生きそうですよ」
板前が茶かすように言う。
「なんですって? もちろんそのつもりだわ」
それからは忙しくなった。
保育園には急に転勤が決まったのだと連絡を入れた。かかりつけ医だった小児科医にも母子手帳をもって渡仏するのに問題はないかを確認した。
そして旅館を去ることになった日。
「長い間、お世話になりました」
この数年の間、一緒に働いてきた仲居たちには寂しがられたが、ここは故郷だからまた顔を出すと告げると、いつでも帰ってきてほしいと泣かれてしまった。
ごほん、と祖母が胸を逸らした。今日も立派に着物を袖に通したその大女将の姿勢の良さは実際の年齢よりもぐっと若く見えた。そして祖母は仲居たちにお説教をはじめた。
「若人よ。あなたたち覚えておきなさい。お嫁に出すときは、二度と帰ってこなくていいわよ……くらい言わないと。それが真の餞の言葉っていうものだわ」
「ええ。大女将さん冷たい。寂しいときは素直に寂しいって言ってもいいじゃないですか。咲良さんには素直になりなさいなんて言うくせにぃ」
ハンカチを握りしめながら仲居たちが口を尖らせる。側にいた板前がからかうように言った。
「はは。一番寂しいのは大女将や大旦那でしょう。そういうのを本人の前では見せないもんなんですよ。大旦那なんかさっきまでいたのに別れの時間になったらひょっこり姿を隠しちまって」
「……あたりまえでしょう。でも、それ以上に孫には幸せを望んでいるのよ。娘の分もね」
祖母の表情には子を想うやさしさが滲んでいた。
「ありがとう。大女将……そして、大好きな私のおばあちゃん」
「ええ。元気でがんばりなさい。あなたが信じる道を。私たちはいつだって応援しているから」
「うん……」
溢れる涙を堪えていると、祖母の瞳に光るものが見えた。
「恭平さん、この通り、融通の効かない頑固なところある孫娘ですが。咲良のことも恵茉のことも、よろしくお願いしますね」
「はい。しっかりお預かりします」
「ええ。ですが、一生お返ししなくて結構よ。その代わり、私たちが生きている間にまた会いに来てちょうだい」
おじいちゃんにもちゃんと伝えておくわ、と祖母は可愛らしくウィンクした。
「大女将は千年でも生きそうですよ」
板前が茶かすように言う。
「なんですって? もちろんそのつもりだわ」