諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 咲良は思わず脱帽してしまう。
 一回機嫌を損ねるとしばらくいやいやと粘られる魔のイヤイヤ期……咲良はここのところいつも苦戦しているのだ。
「思春期をとうの昔に体験済みの大人の君にも覚えが少しはあるんじゃないか? 普段、甘えている存在には気を許している分、わがままを言ってもいい相手を選んでいる節があるだろう」
「……そう言われるとたしかに」
「恵茉が君をいちばん大事にしてくれる母親だってわかっている証拠だ。そんなふうに受けとめると楽になるかもしれないよ」
「……はい。恭平さんのそういうところ、私はいつも勝てないなって思います」
「君はなんだか強かになって嫌味の達人にもなった気がするよ」
「えっ。そ、そういう意味ではなかったのですが。さっき誉めたことも今言ったことも本心なのに」
 焦って訂正する咲良を見て、恭平は笑った。逆にからかわれたらしい。どうやら咲良を元気づけるためだったのだろう。
「もうっ」
「ごめん。君にも寂しい想いをさせるんじゃないかと思ったら、少しでも気が晴れればと」
 恭平が肩を竦める。
 途端に咲良は自分が恥ずかしくなって顔が熱くなってしまう。すっかり耳まで火事だ。
「私は恵茉ほど子どもじゃありませんよ。ですが、やっぱりそこまで大人になりきれていないと思います。たとえ子を産んで育てても……私はまだ知らないことの方が多いですから」
「それは俺も同じだ。変わったこと、変わらないこと、互いにあるんだろう。それを今後、知っていきたい。離れていた分も」
 咲良は鞄の中にしまってあった婚約指輪の箱を取り出して、その場で開く。
「……指輪を、もう一度、填めてもらってもいいですか?」
「もちろんだ。大事にしていてくれたんだな」
「……捨てられるわけがありません。恭平さんの想いが詰まっていたから……私は泣けるくらい幸せだったんです。それを傷つけてしまった」
「ストップ」
 と恭平が言う。
 ほら、と恭平が催促する。
「ここで?」
「君の悲しみを一刻も早く拭って、新しく進みたい」
 恭平がそう言い、咲良が差し出した指輪を預かってそれから左薬指に填めてくれた。
 それから、恭平が咲良の手を握ってくれる。
 その手を、咲良はぎゅっと握り返した。
「一緒に幸せになろう」
「はい」
 絡まった糸は一度、やさしくほどけていった。
 今度は強く絆を結んで、二度と離さないと誓う。

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