『夢列車の旅人』 ~過去へ、未来へ、時空を超えて~ 【新編集版】

(10):1966年


 中に入ると、異様な光景が目に入った。
 それは、警備をする機動隊員らしき人達の異常な数だった。
 観客1万人に対して数千人はいるのではないだろうか。

 これがロックコンサートの会場? 

 目を疑った。
 しかし、事実だった。
 異様な緊張感が会場に漂っていた。
 それでも大観衆は怯んではいなかった。
 特に若い女性たちは開演前から歓声を上げ続けていたし、歓声に交じってバンドメンバーの名前が連呼されていた。
 ポール! 
 ジョン! 
 ジョージ! 
 リンゴ! 

 それを聞きながら松山さんと席を探した。
 今度は前から3列目だった。
 座って周りを見回すと、ティーンエイジの女の子だらけだった。
 もう既に泣き出している娘もいた。
 わたしは異様な雰囲気に完全に飲み込まれていた。

        *

 興奮のるつぼと化した中央のステージに4人の若者が登場した。
 その瞬間、耳をつんざくような歓声と嬌声が彼らを襲った。
 それに促されるように、いきなりジョンが歌い出した。
『ロック・アンド・ロール・ミュージック』

 わたしは鳥肌が立った。
 それは伝説のミュージシャンの生歌を聴いたというだけでなく、自分の名前の由来になった人物を目の当たりにしたからだ。
 オールディーズが大好きな父親のフェイヴァリット・ミュージシャンであるジョン・レノンに(ちな)んで名づけられたのが、『礼恩』という名前だった。
 そのことを何度も聞かされていたから、その人物が目の前で歌っていることに感動を超える衝撃を受けていた。

 しかし、若い女性の嬌声に打ち消されて彼の歌声はよく聴こえなかった。
 周りがうるさ過ぎて耳に届いてこないのだ。

 叫ぶのを止めてくれ! 
 ジョンの歌をちゃんと聴かせてくれ! 

 怒鳴ってみたが、いとも簡単に歓声にかき消された。
 歌を聴くのは諦めるしかなかった。
 どうあがいても仕方がないので、彼らが演奏する姿を必死になって目で追った。
 いつか父親に伝えるためにも、ビートルズの来日公演という記念すべきイベントを脳に焼き付けておかなければならない。
 わたしは目をシャッターに、脳を超高性能フラッシュメモリにして4人の姿を追いかけた。

 そんなわたしの体を誰かが揺すった。
 松山さんだった。
 口を大きく開けて何か言っていた。
 でも、聞こえなかった。
 見ると彼はチケットに手を置いていた。
 もうすぐ演奏が終わるという合図のようだった。
 わたしは慌ててチケットを取り出して、その上に手を置いた。
 そして目を瞑って、「ロボコン」と心の中で叫んだ。
 その瞬間、電車の中に戻った。

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