幻の図書館
夕暮れの空の下、わたしたちは町の外れにある、小さな石造りの建物の前に立っていた。
それは、表通りからは見えにくい場所にある、古い教会のような建物だった。
「ここ、あきらかに他と雰囲気がちがうね……。」
わたしはおそるおそる口にした。
町の中心にある建物たちは、どれも仮面の町らしくきれいに整えられていて、明るい印象があった。でも、ここはちがう。壁はひび割れ、屋根もところどころ崩れかけている。
「見ろ。あの扉……。」
蒼くんが指さした先に、ほこりをかぶった木の扉があった。よく見ると、扉の上に小さな看板が掲げられている。
《記憶の部屋》
「記憶……の部屋?」
わたしはつぶやきながら、思わず手をのばして扉を押した。
ぎぃ……という音とともに、扉はかんたんに開いた。
中は、薄暗くてひんやりしていた。長い年月、人の出入りがなかったような雰囲気。
「誰も……いない?」
紗良ちゃんがこわごわと入っていく。
中には古びた机や、本棚、そして壁にかけられたたくさんの仮面があった。
「この仮面……なんだか、今の町の人がつけてるのとちがう。」
わたしは近くの壁にかかった仮面に目をやった。それは、いま町の人たちがつけているようなツルツルしたものじゃなく、もっと素朴で、手づくりのような仮面だった。
「ここはたぶん、仮面の文化が始まる“前”のものが残されてる場所なんじゃないかな?」
岳先輩が言った。
「記憶の部屋……つまり、“昔の町の記憶”をしまっておく場所。そんな気がする。」
「……あっ、こっちに本があるよ!」
紗良ちゃんが本棚の前で声を上げた。
わたしたちは近づいて、彼女の指さす本を見た。赤い革の表紙で、小さな金色の鍵の模様がついている。
「読んでみるね。」
わたしはそっと表紙を開いた。
――そこには、手書きの文字で、こんなふうに書かれていた。
《かつてこの町には、仮面など必要なかった。人々は素顔で話し、素直な気持ちで暮らしていた》
《だが、ある日“偽りの災い”が起きた。心にウソを持つ者たちがあらわれ、町は混乱に陥った》
《人々は考えた。どうすれば、安心して暮らせるのか。どうすれば、ウソを遠ざけられるのか》
《そして、一人の男が提案した。“すべての人に仮面をつけさせよう。そうすれば心を隠せる。争いも、恥も、なくなる”と》
《それは、町を守るはずの提案だった。だが、時とともに“仮面をつけること”が目的となり、人々は素顔を忘れていった》
「やっぱり……この町の仮面には、そんな意味があったんだ……。」
わたしはぽつりとつぶやいた。
仮面は、心を守るために生まれた。
でもそれが、いつのまにか“心を閉ざすもの”になってしまった――。
「続きがある。」
蒼くんがページをめくった。
《やがて、仮面の町には一人の道化師があらわれた》
《彼は言った。“すべてのウソは、笑いの中に消える”と》
《人々は彼を信じ、町の番人として迎えた。道化師――ピエロは、ウソを口にする者を消すことで、町の“平和”を守るようになった》
「……!」
わたしたちは顔を見合わせた。
ピエロは、この町の“真実を消す者”だった。
「つまり、町の人たちは……本当のことを言うと、ピエロに消されちゃうって信じてるのか……。」
紗良ちゃんの声が震えた。
「その恐怖が、この“嘘の平和”を作ってるんだ。」
わたしはそうつぶやいて、本の最後のページに目をやった。
そこには、小さくこう書かれていた。
《この本に気づいたあなたへ。どうか、“本当の顔”を取り戻してください》
その言葉が、胸に深く突き刺さる。
「……この町を救うには、たぶん“本当の顔”を取り戻すことがカギなんだね。」
わたしはそう言いながら、ゆっくりと本を閉じた。
そしてそのとき。
外から、かすかな笑い声が聞こえた。
「ふふふ……ふふふ……。」
その声に、背筋がぞわりとした。
まるで、ずっとわたしたちのことを見ていたかのような、不気味な笑い――。
「ピエロ……?」
わたしは息をのみながら、扉のほうに目を向けた。
それは、表通りからは見えにくい場所にある、古い教会のような建物だった。
「ここ、あきらかに他と雰囲気がちがうね……。」
わたしはおそるおそる口にした。
町の中心にある建物たちは、どれも仮面の町らしくきれいに整えられていて、明るい印象があった。でも、ここはちがう。壁はひび割れ、屋根もところどころ崩れかけている。
「見ろ。あの扉……。」
蒼くんが指さした先に、ほこりをかぶった木の扉があった。よく見ると、扉の上に小さな看板が掲げられている。
《記憶の部屋》
「記憶……の部屋?」
わたしはつぶやきながら、思わず手をのばして扉を押した。
ぎぃ……という音とともに、扉はかんたんに開いた。
中は、薄暗くてひんやりしていた。長い年月、人の出入りがなかったような雰囲気。
「誰も……いない?」
紗良ちゃんがこわごわと入っていく。
中には古びた机や、本棚、そして壁にかけられたたくさんの仮面があった。
「この仮面……なんだか、今の町の人がつけてるのとちがう。」
わたしは近くの壁にかかった仮面に目をやった。それは、いま町の人たちがつけているようなツルツルしたものじゃなく、もっと素朴で、手づくりのような仮面だった。
「ここはたぶん、仮面の文化が始まる“前”のものが残されてる場所なんじゃないかな?」
岳先輩が言った。
「記憶の部屋……つまり、“昔の町の記憶”をしまっておく場所。そんな気がする。」
「……あっ、こっちに本があるよ!」
紗良ちゃんが本棚の前で声を上げた。
わたしたちは近づいて、彼女の指さす本を見た。赤い革の表紙で、小さな金色の鍵の模様がついている。
「読んでみるね。」
わたしはそっと表紙を開いた。
――そこには、手書きの文字で、こんなふうに書かれていた。
《かつてこの町には、仮面など必要なかった。人々は素顔で話し、素直な気持ちで暮らしていた》
《だが、ある日“偽りの災い”が起きた。心にウソを持つ者たちがあらわれ、町は混乱に陥った》
《人々は考えた。どうすれば、安心して暮らせるのか。どうすれば、ウソを遠ざけられるのか》
《そして、一人の男が提案した。“すべての人に仮面をつけさせよう。そうすれば心を隠せる。争いも、恥も、なくなる”と》
《それは、町を守るはずの提案だった。だが、時とともに“仮面をつけること”が目的となり、人々は素顔を忘れていった》
「やっぱり……この町の仮面には、そんな意味があったんだ……。」
わたしはぽつりとつぶやいた。
仮面は、心を守るために生まれた。
でもそれが、いつのまにか“心を閉ざすもの”になってしまった――。
「続きがある。」
蒼くんがページをめくった。
《やがて、仮面の町には一人の道化師があらわれた》
《彼は言った。“すべてのウソは、笑いの中に消える”と》
《人々は彼を信じ、町の番人として迎えた。道化師――ピエロは、ウソを口にする者を消すことで、町の“平和”を守るようになった》
「……!」
わたしたちは顔を見合わせた。
ピエロは、この町の“真実を消す者”だった。
「つまり、町の人たちは……本当のことを言うと、ピエロに消されちゃうって信じてるのか……。」
紗良ちゃんの声が震えた。
「その恐怖が、この“嘘の平和”を作ってるんだ。」
わたしはそうつぶやいて、本の最後のページに目をやった。
そこには、小さくこう書かれていた。
《この本に気づいたあなたへ。どうか、“本当の顔”を取り戻してください》
その言葉が、胸に深く突き刺さる。
「……この町を救うには、たぶん“本当の顔”を取り戻すことがカギなんだね。」
わたしはそう言いながら、ゆっくりと本を閉じた。
そしてそのとき。
外から、かすかな笑い声が聞こえた。
「ふふふ……ふふふ……。」
その声に、背筋がぞわりとした。
まるで、ずっとわたしたちのことを見ていたかのような、不気味な笑い――。
「ピエロ……?」
わたしは息をのみながら、扉のほうに目を向けた。