幻の図書館
 わたしたちは固まったまま、そっと扉の方を振り返った。

 そこには、月明かりの下、あの“ピエロ”が立っていた。

 赤と青の派手な衣装。にやにや笑った仮面。その目が、まっすぐこっちを見ている。

 「やあやあ、お客さんたち。こんな遅くに“記憶の部屋”とは、なかなか好奇心旺盛だねぇ…。」

 ピエロは、楽しそうにしゃべりながら、一歩ずつ中に入ってくる。

 「なにを……しにきたの?」

 わたしは声をふるわせながらたずねた。

 「ちょっとしたお知らせさ。君たち、どうやら“本当のこと”を知ってしまったようだからねぇ…。」

 ピエロの声は、楽しげで、でもどこかぞっとするほど冷たかった。

 「この町にはね、ルールがあるんだよ。“真実を話してはいけない”っていう、大切なルールが。」

 「それは……ウソの平和だよ!」

 わたしの声が自然と大きくなった。

 「誰もが仮面をかぶって、心を隠して……それが平和だなんて、おかしいよ!」

 「おやおや、熱いねぇ。でもね、仮面があれば人は安心するのさ。素顔を見せないことで、トラブルを避けられる。そんなふうに考える人も、たくさんいるんだよ?」

 ピエロは、くるくるとその場で回って、わたしたちに向き直った。

 「でも……」

 わたしは一歩前に出た。

 「それでもわたしは、仮面を外して、本当の自分を伝えたい。たとえ傷ついたって、ウソのままより、きっといい。」

 そのときだった。

 手の中で、あの赤い本が光を放ち始めた。

 「ひかりちゃん、それ!」

 「本が……反応してる!」

 光はどんどん強くなり、わたしの足元にまるい模様を描き始める。

 「やめな!それを使うと、君たちはこの町から……!」

 ピエロが叫んだけれど、もう遅かった。

 光の魔法陣が足元に広がり、わたしたちの体がふわりと宙に浮かぶ。

 「町の人たちには……あとでちゃんと伝える!本当のことを、ちゃんと!」

 わたしはそう叫びながら、まぶしい光に包まれた。

 ――次の瞬間。

 わたしたちは、あの石造りの図書館に戻っていた。


 あの町のことが、まるで夢のように感じられた。

 でも、手にはしっかりと、赤い本が残っている。

 「……ひかり。」

 蒼くんがわたしの名を呼んだ。

 「次の本も、見てみるか?」

 「うん。でも、その前に。」

 わたしはふっと笑って、言った。

 「ちょっとだけ、休憩しよっか。……次の冒険は、もっと覚悟してから!」


 わたしたちは笑い合いながら、図書館の中の小さなベンチに腰をおろした。

 まだまだ知らない本が、たくさん並んでいる。

 でも、どんな世界が待っていようと。

 わたしはきっと、自分の言葉で、未来を選んでいく。

 それが――この物語の、始まりだったから。
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