幻の図書館
 わたしは東の通りを選んだ。

 石畳の道の両側には、絵本に出てきそうなかわいらしいお店やお家が並んでいる。けれど、どの建物も窓にはカーテンがぴっちり閉められていて、中の様子は見えなかった。

 静かな道――と、思ったのもつかの間。

 「あら?君は、よその町の子?」

 やさしそうな声がして、わたしははっと顔を上げた。

 お店の角に立っていたのは、ピンク色の仮面をつけた女の人。白いエプロン姿で、手には花束を持っていた。

 「あっ、こんにちは。えっと……はい。ちょっとだけ、遠くの町から来たんです。」

 わたしは、なるべく自然に答えるように心がけた。下手に「異世界から来ました」なんて言ったら、変に思われるかもしれないから。

 「そうなのね。ようこそ、マスカレード・シティへ。ここは楽しい町よ。仮面をかぶってさえいれば、みんな幸せに暮らしていけるの。」

 女の人は楽しげに言った。

 ――仮面を、かぶってさえいれば?

 その言い方がちょっと気になって、わたしはつい聞き返してしまった。

 「仮面を……かぶらないと、どうなるんですか?」

 すると、女の人の楽しそうな声が、すこしだけひきつったように思えた。

 「まあ、そんなことを考える人なんていないわよ。この町では、仮面は“ふつう”なの。外す必要なんて、ないのよ。」

 そう言いながら、彼女はそっと自分の仮面に手を当てた。その手は、すこしだけふるえているように見えたのは……気のせいなのかな。

 「でもね、気をつけて。あんまり“変なこと”を言っていると、ピエロに連れていかれるわ。」

 「えっ……?」

 わたしが聞き返すより早く、彼女は軽やかに、

 「じゃあね、かわいいお嬢さん。よい滞在を。」

 そう言い残して、すたすたと道の奥へ歩いていってしまった。


 (仮面を外すと、連れていかれる?)

 わたしは、花の香りが残る道にひとり立ちながら、さっきの言葉を思い返していた。

 この町の住人たちは、みんな仮面をつけて暮らしている。仮面を外すのは“変なこと”だとされていて、そんな発言をすると“ピエロに連れていかれる”。

 まるで、“仮面をつけて生きる”ことが義務のような……。

 どこか息苦しい空気を、わたしは胸の奥で感じていた。

 そのときだった。

 小さな路地の奥から、誰かの声がした。

 「……本当の顔、見たことある?」

 ――え?

 びっくりしてそっちを向くと、細い道の奥に、フードをかぶった小さな人影が立っていた。

 その子は、わたしにだけ聞こえるような小さな声で、もう一度ささやいた。

 「この町の住人は、みんな仮面をかぶってる。でも、ほんとうの顔は、べつに恐ろしいわけじゃない。ただ、隠さないといけないって決められてるだけなんだ。」

 「あなた……だれ?」

 わたしがそう聞くと、その子はふわっと笑ったような気がした。

 「真実は、目じゃなくて心で見るんだよ。見たままにだまされちゃダメ。」

 その瞬間、風が吹いて――

 わたしがまばたきした次の瞬間には、その子の姿はもうなかった。
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