世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
湊は璃子の手を取り、工房の中へと案内した。
木の香りと削り屑の残る空気。職人たちの手仕事が生み出す、凛とした空間。
その一角、光が斜めに差し込む場所に、一台のピアノがあった。
外装はまだ塗装前のまま、木地の素肌を晒している。
けれど、静かに佇むその姿は、どこか誇らしげだった。
「これ……僕が初めて仕上げたピアノなんです」
隣で声をかけてきたのは、若い新人の職人だった。
目を輝かせながら、どこか照れたような表情で、けれど自信に満ちていた。
璃子はピアノに歩み寄り、そっとその面持ちを見つめる。
「……触っても、いいですか?」
「もちろんです!」
新人が嬉しそうに即答すると、璃子は静かに頷いて、鍵盤にそっと指を置いた。
湊の目には、ほんの一瞬、彼女の肩がほぐれるのが見えた。
「弾いてみなよ」
その言葉に、璃子は椅子に腰を下ろす。
呼吸を整え、柔らかく、脱力した指で最初の音を奏でた。
♪──
流れ出したのは、ドビュッシーの《月の光》。
新しい一歩を祝うように、優しくも希望を帯びた旋律が、工房の空気を満たしていく。
木の肌に触れる音の振動が、まだ若いピアノの内部を通り抜け、
壁や天井に反響しながら、職人たちの胸の奥にまで届いていた。
誰も言葉を発さない。
けれど、皆が目を瞑り、音に耳を澄ませている。
ふだんは音を“作る”側の職人たちが、
この瞬間は、音を“受け取る”側にまわっていた。
演奏者と職人。
ふだん交わることの少ないその二つの世界が、
今は奇跡のように、ここで静かに、完璧に調和していた。
湊はただ、その光景を見守っていた。
心が、満ちていくのを感じながら。
璃子は、確かにここへ帰ってきたのだと――
木の香りと削り屑の残る空気。職人たちの手仕事が生み出す、凛とした空間。
その一角、光が斜めに差し込む場所に、一台のピアノがあった。
外装はまだ塗装前のまま、木地の素肌を晒している。
けれど、静かに佇むその姿は、どこか誇らしげだった。
「これ……僕が初めて仕上げたピアノなんです」
隣で声をかけてきたのは、若い新人の職人だった。
目を輝かせながら、どこか照れたような表情で、けれど自信に満ちていた。
璃子はピアノに歩み寄り、そっとその面持ちを見つめる。
「……触っても、いいですか?」
「もちろんです!」
新人が嬉しそうに即答すると、璃子は静かに頷いて、鍵盤にそっと指を置いた。
湊の目には、ほんの一瞬、彼女の肩がほぐれるのが見えた。
「弾いてみなよ」
その言葉に、璃子は椅子に腰を下ろす。
呼吸を整え、柔らかく、脱力した指で最初の音を奏でた。
♪──
流れ出したのは、ドビュッシーの《月の光》。
新しい一歩を祝うように、優しくも希望を帯びた旋律が、工房の空気を満たしていく。
木の肌に触れる音の振動が、まだ若いピアノの内部を通り抜け、
壁や天井に反響しながら、職人たちの胸の奥にまで届いていた。
誰も言葉を発さない。
けれど、皆が目を瞑り、音に耳を澄ませている。
ふだんは音を“作る”側の職人たちが、
この瞬間は、音を“受け取る”側にまわっていた。
演奏者と職人。
ふだん交わることの少ないその二つの世界が、
今は奇跡のように、ここで静かに、完璧に調和していた。
湊はただ、その光景を見守っていた。
心が、満ちていくのを感じながら。
璃子は、確かにここへ帰ってきたのだと――