世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
いつのまにか玄関の扉が開いて、軽やかな足音がリビングに近づいてくる。
璃子がわずかに身を起こしたその時──

「……よかったな」

落ち着いた声が、ソファの背後からふたりに届いた。

振り返ると、そこにはスーツのジャケットを片手にした金城 創の姿があった。
璃子は少し驚いたように目を丸くし、湊はどこか照れたように小さく眉を動かす。

「やっぱり、俺と同じだな、湊も」

父親の言葉に、湊はそっと顔を背けるようにして一瞥したあと、
「……父さんとは違うよ」
と、くぐもった声で返す。

その返しに、創は吹き出すように笑った。

「一緒だろ。見ればわかる」

言いながら、ふたりに余計な気を遣わせまいと、気軽な足取りで書斎へと引いていく。
その背中が見えなくなるのを待っていたかのように、璃子はほんの少し湊との距離を詰めた。

彼女の肩がそっと湊の胸に触れ、
璃子はぽんっと自分の頭を湊の胸元に預けた。

湊は何も言わず、璃子の髪を指で優しくなぞる。
その感触を確かめるように、丁寧に撫でながら──ゆっくりと、目を閉じた。

日常のなかに溶け込む静かな幸福。
これからの時間が、ふたりにとって穏やかで、確かなものであるようにと願うように──。
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