世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
湯上がりの髪がまだ少し湿っていて、ふたりの間に、湯気の名残のようなぬくもりが漂っている。
璃子は、パジャマの袖をぎゅっと握りながら、湊の前に立った。

「……えっとね、今日は、湊さんを甘やかすって決めたんだった」

湊はソファに深く座ったまま、片眉を上げて見上げる。

「うん。言ってたな。で?」

「だから……その、あの……」

璃子はごそごそと近づいて、湊の頭をぽんぽんと撫でた。
それから、額にそっとキスを落として、ぎこちなく抱きしめる。

「……よしよし」

「……なんか、こども扱いされてる気がするんだけど」

璃子は一瞬固まり、耳まで真っ赤になる。

「ち、違うもん。ちゃんと甘やかしてるもん……!」

湊は吹き出すように笑った。

「それが“フルコース”? ……ちょっとぼったくりじゃない?」

「ぼ、ぼったくり!? 精一杯頑張ってるのに!」

「いや、前から思ってたけどさ。璃子って、まるで何も知らない純真なお嬢様。
どう溺愛したらいいか、っていう“ままごと”みたいな感じなんだよね」

「っ……ままごとって、なにそれ……!」

「だから、俺がちゃんと教えてあげなきゃ」

璃子が軽く身構えるように、両手を前に組む。

が、その腕は、湊の大きな手によって、あっという間に解かれる。
気づけば、璃子の身体はしっかりと湊の胸に抱き寄せられていた。

「……耳、貸して」

そう囁くと、湊は璃子の耳元に唇を近づけ、低く、甘く囁いた。

「大人の“溺愛”っていうのは、こうするの。……ちゃんと、覚えてて」

そのまま璃子の顎をそっと持ち上げると、唇が、重なった。
浅く優しく触れたかと思うと、すぐに深く、情熱的に――
彼の舌が璃子の内側を探るように動き、熱が喉の奥まで伝わってくる。

息がほどける。心が溶ける。

璃子は、最初は戸惑いながらも、やがて身を委ねるように湊の肩に腕を回した。

湯上がりの火照りとは違う熱が、ふたりの間に確かに生まれていた。
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