世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
ひとしきり“大人のキス”を教わった後――

璃子はもうふにゃふにゃで、湊の膝の上に体を預けたまま、くったりとしていた。

「……とろけすぎじゃない?」
湊がくすりと笑って、璃子の頬を指先でつん、と突く。

「なに」

声だけは一人前だけど、まぶたは半分閉じかけていて、すぐにでも眠りそうだ。

「……溺愛タイム、もう終わっちゃったんですか?」

「……あんなキスされたらもう無理……」
璃子はぼそりと呟くと、ぺたんと湊の胸に顔を埋めた。
「今日、湊の膝の上で寝てやるんだから」

湊は、わざとらしく驚いた顔をする。

「いいよ? そしたら……璃子のこと、思いっきりおもちゃにしてやる」

「……へ?」

湊は璃子の耳にかかった髪をそっとかきあげると、その耳に、ほおに、こめかみに――キスをいくつも、いくつも落とす。

璃子はしばらくじっとしていたが、やがて眉をひそめて言った。

「……うるさくて寝れない。静かにして」

「えっ、俺、声出してないけど?」

「やーだ。ここで寝るの」

その言い方が、あまりにも子どもっぽくて、湊はふっと笑いをこらえた。

(お嬢様ってのは……思い通りにならないと、すぐ子どもに戻るんだな)

ぐずる璃子をあやすように、背中を軽く撫でてやりながら、湊はため息まじりに笑う。

「……ったく。理性が飛ぶ前に、寝かせてやるか」

そう呟くと、膝の上から璃子を優しく抱き上げて、寝室へと連れていった。

ふにゃふにゃと、されるがままの璃子を抱きかかえながら、湊はふと小さく笑う。

「……まったく、お嬢様って、手がかかる」

でもその声には、どうしようもなく甘くて優しい響きがあった。
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