世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
湊が出発してから、家の空気はどこか静かすぎて寂しかった。

「湊さん、いないとやっぱり練習が止まらない……」

ご飯はいつもより簡単に、パパッと済ませる。手早く炊いたご飯に、昨日の残りのおかずをほんの少し。
それも、食べている間も指がピアノのことを考えてしまって、落ち着かない。

今日もクリスマスコンサートの曲目と、自分の練習ノートを照らし合わせる。

「あの曲のあのパート、もっと丁寧に…いや、でも勢いも大事…」

湊が言っていた。

『長時間の練習はダメだよ。手首を壊すから。』

けれど、湊がいなければその声は遠くて、耳をふさいでいる自分がいる。

鍵盤に向かい、ひとつひとつ音を確認しながら繰り返す。

疲れても、手首が痛くても、止まれない。

それはただの癖? 本番前の追い込み? それとも……自分を信じきれない不安がそうさせるのか。

夜は深まり、時計の針がどんどん進む。
気がつけば日付はもう変わっていた。

でも、まだ止まれない。

鍵盤の音だけが、静かな部屋に響き続ける。
< 190 / 217 >

この作品をシェア

pagetop