世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。
淡い陽射しが、ゆっくりとベッドの上を撫でていた。

璃子は、そのまぶしさに思わず目を細めた。
身体が――ほんの少し、重たい。

脚を動かそうとすると、下腹のあたりに微かな痛みが走った。
ほんのり、けれど確かに違和感がある。

「……っ」

小さく息をのんで、動きを止める。
思い出してしまう。
昨夜の、あの時間のひとつひとつを。

湊さんが、今どこにいるのか――目を向けるのが、怖いような、照れくさいような気持ちで胸がいっぱいになる。

それでも、鼓動をなだめながら視線をそっと動かすと――

「……おはよう、璃子」

すぐ隣で、湊が静かに微笑んでいた。

彼の声は、朝の空気よりも柔らかかった。

「痛い?」

問いかけられて、璃子は反射的に首を横に振る。
けれど、動かした拍子にまた微かな痛みが走って、思わず顔をしかめた。

「……ちょっとだけ……」

消え入りそうな声でそう答えると、湊の手が優しく彼女の髪に触れた。
撫でるように、くしゃっと。まるで、心ごと抱きしめるように。

「ごめん、無理させたかもな」

「……そんなこと、ない……」

咄嗟に否定するけれど、やっぱり恥ずかしくて、璃子は湊の目をまともに見られなかった。

頬がじんわりと熱くなる。
布団を鼻のあたりまで引き上げて、視線を逸らす。

「昨日のこと……なんか、夢みたいで……」

声も、心も、身体もまだ慣れなくて。
何を話せばいいのか分からない。

でも、そんな璃子の様子を、湊は無理に引き出そうとはしなかった。

ただ、そっと彼女の肩に手を添える。

「璃子が俺を見てくれた。ちゃんと」

「……うん」

「それだけで、十分」

彼の言葉は、静かな余韻と一緒に胸に染みていった。

一瞬だけ、璃子は湊を見つめた。
けれどすぐにまた目を逸らしてしまう。

「……まだ、恥ずかしい」

「うん。……俺も」

くすっと、湊が笑う。

それだけで、少しだけ心が軽くなった。

ぬくもりがまだ肌に残っている。
何かが変わったようで、でも、大切なところは何も変わっていない。

――それが、嬉しかった。
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