世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
窓辺から差し込む朝の光が、スイートルームの大理石の床に静かに広がる。

璃子は洗面台の前で身支度を整えていた。

今朝は少し肌寒く、結花からもらったベージュのワンピースでは心許なかったため、
代わりに落ち着いたブルーのニットに、柔らかなグレイッシュベージュのジャンパースカートを合わせている。

ニットは肌触りが優しく、首元までほんのり暖かい。ジャンスカのラインも体にぴたりと沿わず、動きやすく快適だった。

けれど、髪をまとめる動きの途中で、ふと右手を庇うように止まった。

それを鏡越しに見つけた湊が、すぐに近づいてきた。
「……璃子、ちょっと手、見せて」

璃子は一瞬だけ迷ったようだったが、黙って右手を差し出す。

「うん……ちょっと、痛くて。朝だからかな……」

湊は彼女の手をやさしく包み、指先から手のひら、手首までじっくりと眺めるようにして触れた。

「筋肉が強張ってるだけかもしれない。ちょっと、座ろうか」

そう言って璃子をソファに座らせると、自分も膝をついて彼女の右手を両手で支えながら、丁寧にマッサージを始める。

指先の一本一本に気を配り、手のひらをゆっくりと温めるように擦り、手首から腕にかけて、じわりと血の巡りを促すようにほぐしていく。

「痛くない?」

「ううん……あったかくて気持ちいい……」

璃子の声が、ほっとしたようにほどけた。

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