世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
湊と璃子は、裏口から出た車に乗り込み、しばらく走った先にある、郊外のレストランへ向かった。

季節の花が咲き誇るガーデン付きの小さな邸宅レストランは、まるで絵本の中の一頁のようだった。

「きれい……」
璃子が目を細めて庭の奥を見つめると、湊は「花より団子じゃないの?」と笑う。

「ひどい。ちゃんと、花も見たい」
「じゃあ今日は、両方楽しんで」

そのまま手を繋ぎ、庭をゆっくり歩く。
湊は歩幅を璃子に合わせ、時折そっと彼女の手を握り直した。

ランチは、地元野菜をふんだんに使ったコース料理。
璃子が「おいしい」と嬉しそうにスープを口に運ぶたび、湊はそれを眺めていた。

「そんな見られると、食べにくい……」
「いや、可愛くて。ずっと見てたいだけ」

午後には、レストランの奥にある個室サロンに案内された。

暖炉の揺れる炎とクラシックの静かな音楽が、空間をやわらかく包む。

大きな窓越しに見える冬枯れの庭と、ところどころに残る雪景色が、まるで額縁の中の絵画のようだった。

「……外、きれい」
璃子が紅茶を手に、静かに呟く。

「寒くないから、ちゃんと見てられる。いい部屋だな」
湊も同じくカップを口に運びながら、璃子の横顔を見つめる。

「ふたりでこういう時間、ずっとなかったね」
璃子の声がふと沈んで、でもすぐに微笑みに変わる。

「これから、ちゃんと作る。約束するよ」
湊がそう言って璃子の指先をそっと握ると、彼女は頷き、
「……じゃあ、今度は桜が咲く頃にまた来たいな」と囁いた。
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