世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
部屋に戻ると、湊の視線が自然と璃子に向いた。
ワンピース姿の彼女に、ふと目を止める。
柔らかな色味と繊細なシルエットが、今の彼女の雰囲気によく馴染んでいた。
「お、いいね、それ」と創が声を上げる。
少し照れくさそうに、けれど嬉しそうに璃子は笑った。
「父さん、そういうの、今はすぐセクハラって言われるから」と湊が苦笑まじりに言うと、
「おう、そうだな。今はコンプライアンスの時代だからな」と、創も笑って肩をすくめた。
璃子は少し笑いながら、
「これ、この前の誕生日に、友達がプレゼントしてくれたんです。初めて着たんですけど、似合うか不安で……そう言ってもらえて、嬉しいです」と、素直に話した。
「誕生日?いつなの?」と創。
「二十五日です。……クリスマスの日なんです」
「へえ、じゃあ、クリスマスと誕生日が一緒になって、なんだかもったいないね」
璃子は、小さく笑いながら首を振った。
「……クリスマスも、誕生日も、祝ってもらったことなくて。いつもこの時期、コンクール前だったから。母に“練習しなさい”って言われて終わりで」
言ってから、少しだけ間があいた。
部屋の空気が、静かに沈んだように感じた。
それを破るように、璃子はわざと軽い声で言った。
「まあ、最近はクリスマスコンサートに出てるので……忙しいですし。なんか皆さん幸せそうで、ちょっと、うらやましいなって」
笑ってはみたものの、その笑顔の奥に、どこか切なさがにじんでいた。
湊は、その様子を見つめながら、静かに口をつぐんだ。
何か言いたげに、けれど言葉が出てこないまま。
そんな空気を変えるように、創が声を上げた。
「……じゃあさ、今日やろうよ、誕生日パーティー。遅くなったけどさ」
「え?」
「俺たちも、帰っても二人だけだしなあ。最近は正月から店も開いてるし……あ、藤ヶ谷百貨店の外商さん、今日来られるかな。ケーキとシャンパンくらいなら何とかなるかもな」
璃子はあわてて手を振った。
「そんな、ご迷惑じゃないですか。お正月なのに……お忙しいでしょうし」
「いえ、正月は逆に暇なんですよ」と湊。
創も笑いながら頷いた。
「そうそう。春美がいた頃は、正月も豪華だったけどなあ……今じゃ、俺の雑煮だけじゃつまらんし」
――春美。
創の妻で、湊の母親。数年前に病気で亡くなったと聞いていた。
その名前に、璃子はふと胸が締めつけられる思いがした。
温かな家庭の記憶。誰かが作ってくれたお雑煮の味。
彼らの会話には、そんな時間の名残があった。
「……じゃあ、少しだけ。私も、今日くらいは、普通の一日を過ごしたいです」
璃子はそう言って、小さく頷いた。
湊の視線が、そっと優しく彼女に向けられていた。
ワンピース姿の彼女に、ふと目を止める。
柔らかな色味と繊細なシルエットが、今の彼女の雰囲気によく馴染んでいた。
「お、いいね、それ」と創が声を上げる。
少し照れくさそうに、けれど嬉しそうに璃子は笑った。
「父さん、そういうの、今はすぐセクハラって言われるから」と湊が苦笑まじりに言うと、
「おう、そうだな。今はコンプライアンスの時代だからな」と、創も笑って肩をすくめた。
璃子は少し笑いながら、
「これ、この前の誕生日に、友達がプレゼントしてくれたんです。初めて着たんですけど、似合うか不安で……そう言ってもらえて、嬉しいです」と、素直に話した。
「誕生日?いつなの?」と創。
「二十五日です。……クリスマスの日なんです」
「へえ、じゃあ、クリスマスと誕生日が一緒になって、なんだかもったいないね」
璃子は、小さく笑いながら首を振った。
「……クリスマスも、誕生日も、祝ってもらったことなくて。いつもこの時期、コンクール前だったから。母に“練習しなさい”って言われて終わりで」
言ってから、少しだけ間があいた。
部屋の空気が、静かに沈んだように感じた。
それを破るように、璃子はわざと軽い声で言った。
「まあ、最近はクリスマスコンサートに出てるので……忙しいですし。なんか皆さん幸せそうで、ちょっと、うらやましいなって」
笑ってはみたものの、その笑顔の奥に、どこか切なさがにじんでいた。
湊は、その様子を見つめながら、静かに口をつぐんだ。
何か言いたげに、けれど言葉が出てこないまま。
そんな空気を変えるように、創が声を上げた。
「……じゃあさ、今日やろうよ、誕生日パーティー。遅くなったけどさ」
「え?」
「俺たちも、帰っても二人だけだしなあ。最近は正月から店も開いてるし……あ、藤ヶ谷百貨店の外商さん、今日来られるかな。ケーキとシャンパンくらいなら何とかなるかもな」
璃子はあわてて手を振った。
「そんな、ご迷惑じゃないですか。お正月なのに……お忙しいでしょうし」
「いえ、正月は逆に暇なんですよ」と湊。
創も笑いながら頷いた。
「そうそう。春美がいた頃は、正月も豪華だったけどなあ……今じゃ、俺の雑煮だけじゃつまらんし」
――春美。
創の妻で、湊の母親。数年前に病気で亡くなったと聞いていた。
その名前に、璃子はふと胸が締めつけられる思いがした。
温かな家庭の記憶。誰かが作ってくれたお雑煮の味。
彼らの会話には、そんな時間の名残があった。
「……じゃあ、少しだけ。私も、今日くらいは、普通の一日を過ごしたいです」
璃子はそう言って、小さく頷いた。
湊の視線が、そっと優しく彼女に向けられていた。