世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
インターホンが鳴って、創が「来た来た」と立ち上がる。

「藤ヶ谷百貨店の外商さん、優秀だからな。正月でも対応してくれるんだよ」

ほどなくして届いたのは、小ぶりながらも彩り豊かな軽食のオードブル、ホールの苺ショートケーキ、そしてノンアルのシャンパン。

テーブルの上に、銀のトレイが静かに並べられると、部屋全体がどこかパーティーの雰囲気に包まれた。

「急で悪いねー、ありがと」と創が見送りながら笑う。

璃子はその光景を、どこか夢のような気持ちで見つめていた。

湊がグラスを取り出してくれ、創がシャンパンを開ける。
栓が小さくポンッと音を立てて飛び、璃子はびっくりして笑った。

「じゃ、璃子さん、あらためて――お誕生日、おめでとう」

創が、グラスを璃子に差し出す。

湊も、「おめでとうございます」と優しく言った。

璃子は、なんだか信じられない思いでその場に立っていた。

「……こんなの、初めてです」

ぽつりと、思わずこぼれる。

「今まで、ケーキも、乾杯もなかったから。なんだか……自分のために、時間を使ってもらうことが、信じられなくて」

グラスをそっと手に取ると、ほんの少しだけ涙がにじみそうになる。

湊が小さな声でつぶやいた。

「今日くらい、信じていいんじゃないですか」

璃子は彼の目を見る。
その優しさに、ふっと力が抜ける。

「……ありがとうございます」

グラスがカチン、とやさしく触れ合った。

ケーキのロウソクに火を灯し、「25歳おめでとう」と創が言う。

「願いごと、していいんですか?」と璃子が聞くと、
創が「もちろん!」と即答した。

璃子は目を閉じて、そっと願う。

――ほんの少しでいい。
私が、私のままでいられる場所が、この先にもありますように。

ロウソクの火を吹き消すと、拍手が小さく起こった。

ケーキを切り分け、湊が皿を差し出すと、璃子は小さく「ありがとう」と言った。

その瞬間。
胸の奥に、小さな灯がともるような、あたたかさが残った。

この時間が、明日を迎える力になる。
璃子はそれを、はじめて実感していた。
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