世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
パーティーの余韻が、ゆるやかに部屋を包んでいた。
空になったグラスと、少しだけ残ったケーキ。
誰もそれを片付けようとせず、ただ、時間の流れに身を預けていた。
創が、「ちょっと外の空気吸ってくる」と言い残して席を立つ。
窓の外には、お正月らしい静かな夜が広がっている。
リビングに残ったのは、璃子と湊のふたり。
湊は、グラスを軽く揺らしながら璃子に目を向けた。
その視線は、責めでも期待でもない。
ただ、彼女のままでいることを、受け止めようとする目だった。
「……無理、しないでください」
璃子は、少し驚いた顔で彼を見る。
「僕たちの前では、無理して強く見せなくていいんです。
今日、無理に笑ってたわけじゃないのはわかってます。でも……苦しいときは、ピアノから離れたっていいんです」
璃子は、視線を落とす。
「……でも、私がピアノをやめたら、母はきっと……」
湊は首を横に振った。
「音楽のために、あなたの人生があるわけじゃない。
あなたの人生に、音楽があるだけなんですから」
璃子の目がわずかに揺れる。
その言葉は、今まで誰からも聞いたことがなかった。
音楽を“軸”にして生きることしか、許されなかった彼女にとって――
「……じゃあ、私の人生が空っぽになっても、ピアノのせいにしていいんですか?」
少しだけ拗ねたような、でも本音のにじむ言葉に、
湊は笑った。
「もちろん。僕なんか、調律失敗したら全部父のせいにしてますよ」
璃子が思わず吹き出すと、その笑いに重なるように、玄関のほうから声が聞こえた。
「お、いいこと言うじゃん。俺が育てただけあるな〜」
湊が苦笑する。
「……聞いてたんですね」
創が戻ってきて、椅子に腰を下ろす。
「そりゃ聞くよ。あんなセリフ、息子がどこで覚えたのか気になるもん。彼女でもできた?」
湊が少しむっとしたように、
「……父さん、セクハラです」と言うと、璃子がまた笑った。
その笑いが、夜の空気をやわらかく震わせた。
そして、璃子の胸の奥にも、少しだけ勇気の種が芽生える。
“ありのままでいていい”――
それは、音楽よりも先に必要だった言葉だった。
空になったグラスと、少しだけ残ったケーキ。
誰もそれを片付けようとせず、ただ、時間の流れに身を預けていた。
創が、「ちょっと外の空気吸ってくる」と言い残して席を立つ。
窓の外には、お正月らしい静かな夜が広がっている。
リビングに残ったのは、璃子と湊のふたり。
湊は、グラスを軽く揺らしながら璃子に目を向けた。
その視線は、責めでも期待でもない。
ただ、彼女のままでいることを、受け止めようとする目だった。
「……無理、しないでください」
璃子は、少し驚いた顔で彼を見る。
「僕たちの前では、無理して強く見せなくていいんです。
今日、無理に笑ってたわけじゃないのはわかってます。でも……苦しいときは、ピアノから離れたっていいんです」
璃子は、視線を落とす。
「……でも、私がピアノをやめたら、母はきっと……」
湊は首を横に振った。
「音楽のために、あなたの人生があるわけじゃない。
あなたの人生に、音楽があるだけなんですから」
璃子の目がわずかに揺れる。
その言葉は、今まで誰からも聞いたことがなかった。
音楽を“軸”にして生きることしか、許されなかった彼女にとって――
「……じゃあ、私の人生が空っぽになっても、ピアノのせいにしていいんですか?」
少しだけ拗ねたような、でも本音のにじむ言葉に、
湊は笑った。
「もちろん。僕なんか、調律失敗したら全部父のせいにしてますよ」
璃子が思わず吹き出すと、その笑いに重なるように、玄関のほうから声が聞こえた。
「お、いいこと言うじゃん。俺が育てただけあるな〜」
湊が苦笑する。
「……聞いてたんですね」
創が戻ってきて、椅子に腰を下ろす。
「そりゃ聞くよ。あんなセリフ、息子がどこで覚えたのか気になるもん。彼女でもできた?」
湊が少しむっとしたように、
「……父さん、セクハラです」と言うと、璃子がまた笑った。
その笑いが、夜の空気をやわらかく震わせた。
そして、璃子の胸の奥にも、少しだけ勇気の種が芽生える。
“ありのままでいていい”――
それは、音楽よりも先に必要だった言葉だった。