世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
「璃子、本当によくやったわね」
由紀子の声には、これまでの厳しさを越えた優しさが滲んでいた。
「あなたの演奏、私、ずっと見守ってきて、本当に誇らしいわ」

璃子はまだ心臓が激しく打っているのを感じながらも、母の言葉に少しだけ肩の力が抜けた。
しかしその胸の奥では、何かがまだ揺れていた。
喜びと同時に、これからの重責や母の期待に押しつぶされそうになる自分がいた。

そんな璃子の隣で、湊は静かに微笑みを浮かべていた。
彼の目は温かく、しかしどこか落ち着いていて、まるで「大丈夫だよ」と言ってくれているかのようだった。

「お疲れさま、璃子さん。演奏、素晴らしかったですよ」
湊の声は穏やかで、けれどその言葉には深い信頼が込められていた。

璃子は少し顔を上げ、湊の目を見つめ返す。
そこにあるのは、競技の結果を超えた何か、純粋な共感と支えだった。
彼の存在が、今日の自分をここまで押し上げてくれたと改めて感じた。

「ありがとう、湊さん……あなたがいてくれたから、ここまで来られた」
静かな声でそう言いながら、璃子の胸の内には、未来への小さな光が灯り始めていた。

由紀子はその様子を少し離れたところから見て、満足げに頷いた。
自分の望む道を歩ませるための試練はまだ続くが、今日は確かな一歩を踏み出せたのだと感じていた。

部屋の空気は柔らかく温かく、喜びと安堵が静かに満ちていった。
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