世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
静かな音楽室の片隅で、古びたグランドピアノのふたを開けながら、湊は父・創と並んで作業をしていた。細やかな調律作業の合間、湊の眉には深い憂いが浮かんでいる。

「父さん、ちょっと相談してもいいか?」
湊が声を潜めて尋ねた。

創は手を止めてうなずいた。

「璃子さんの右手、やっぱり何かあるな。」

湊は慎重に言葉を選びながら話し始める。

「何度か練習を見てきたけど、手首を庇う癖が治ってない。痛みが引いてないんじゃないかって思う。」

創は鍵盤を軽く叩きながら静かに言った。

「そうか……やっぱりか。」

湊は深く息をついた。

「本人は絶対隠すだろう。母親の由紀子さんも厳しいし、弱みを見せられない。だから本音を引き出して支えなきゃと思うんだ。」

創は湊をじっと見て、提案した。

「次に行くとき、一緒に行くか?由紀子さんを部屋の外で引き止めて、その間に璃子の本音を聞き出そう。」

湊はその言葉にうなずいた。

「それができれば、彼女も話しやすくなるかもしれない。」

創は調律棒を置き、肩を叩いた。

「遠慮せずにしっかり向き合え。あの子のためだ。」

湊は決意を新たにした。

「ありがとう、父さん。」

二人は再びピアノの弦に向かい、未来のための小さな希望の音を奏で始めた。
< 54 / 217 >

この作品をシェア

pagetop