世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
結果発表を待つ客席。
璃子は、湊と並んで静かに腰を下ろしていた。
演奏が終わったホールは、余韻を残したまま薄暗く、天井の照明だけが舞台を淡く照らしている。
まるで、夢のあと――そんな静けさだった。
ふぅ、と小さく息を吐く。
正直、やり切った。
今の自分にできることすべてを出し切った。
不安も、痛みも、期待も、全部。
それがどう評価されるのか、もう気にならなかった。
(これまでで一番、自分らしい音だった)
(もう、十分だ)
そう思えることが、何よりの報酬だった。
隣を見ると、湊がこちらを見ていた。
その視線には、言葉よりも深く、あたたかなものが宿っている。
璃子は少し微笑んで、正面に目を戻した。
心の中では、すでに決めていた。
この演奏をもって、私はピアノを――終える。
これが、終わり。
華やかな引退でも、惜しまれる幕引きでもなくていい。
ただ、今日という日に、自分の意思で降りる。
ピアノは、たしかに私を育ててくれた。
だけど、それだけじゃない。
私は、もう、誰かの期待を生きることに疲れた。
演奏を終えた今なら、はっきり言える。
(もう、弾かない。私は、降ります)
その決意は、驚くほど澄んでいた。
怖さも、寂しさも、すべて引き受けた上での「自由」だった。
湊は、そっと璃子の指に触れた。
優しく、でも確かに――その温もりが問いかける。
(……璃子さん、決めたんですね)
声にはしない。けれど、伝わっている。
璃子はうなずく。迷いなく。
「うん、もう大丈夫。これで、終わりにする」
それは敗北ではなく、選択だった。
自分の人生を、自分の手に取り戻すという、強い意思。
照明の落ちたホールで、璃子の表情は晴れやかだった。
静かに、音楽に別れを告げたその瞬間――
彼女は、ようやく自分の人生を、生き始めたのだった。
璃子は、湊と並んで静かに腰を下ろしていた。
演奏が終わったホールは、余韻を残したまま薄暗く、天井の照明だけが舞台を淡く照らしている。
まるで、夢のあと――そんな静けさだった。
ふぅ、と小さく息を吐く。
正直、やり切った。
今の自分にできることすべてを出し切った。
不安も、痛みも、期待も、全部。
それがどう評価されるのか、もう気にならなかった。
(これまでで一番、自分らしい音だった)
(もう、十分だ)
そう思えることが、何よりの報酬だった。
隣を見ると、湊がこちらを見ていた。
その視線には、言葉よりも深く、あたたかなものが宿っている。
璃子は少し微笑んで、正面に目を戻した。
心の中では、すでに決めていた。
この演奏をもって、私はピアノを――終える。
これが、終わり。
華やかな引退でも、惜しまれる幕引きでもなくていい。
ただ、今日という日に、自分の意思で降りる。
ピアノは、たしかに私を育ててくれた。
だけど、それだけじゃない。
私は、もう、誰かの期待を生きることに疲れた。
演奏を終えた今なら、はっきり言える。
(もう、弾かない。私は、降ります)
その決意は、驚くほど澄んでいた。
怖さも、寂しさも、すべて引き受けた上での「自由」だった。
湊は、そっと璃子の指に触れた。
優しく、でも確かに――その温もりが問いかける。
(……璃子さん、決めたんですね)
声にはしない。けれど、伝わっている。
璃子はうなずく。迷いなく。
「うん、もう大丈夫。これで、終わりにする」
それは敗北ではなく、選択だった。
自分の人生を、自分の手に取り戻すという、強い意思。
照明の落ちたホールで、璃子の表情は晴れやかだった。
静かに、音楽に別れを告げたその瞬間――
彼女は、ようやく自分の人生を、生き始めたのだった。