世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
司会者の声が、ホールに鮮明に響き渡る。
“Third place goes to… Entry number 14, Samuel Johnson.”
拍手の波が観客席を駆け抜ける。
璃子はわずかに息を呑み、胸が締めつけられるようだった。
しかし、彼女は静かに座り続けた。
“Second place goes to… Entry number 7, Elena Petrova.”
歓声が大きくなる。
璃子の視線は動かず、心の中はざわついた。
「もうすぐだ」その言葉だけが、胸に響く。
“And the first place winner is…
Entry number 29, Riko Asahina.”
一瞬、時が止まったようだった。
客席がざわめき、次の瞬間、歓声と拍手が波のように押し寄せる。
けれど、璃子は立ち上がらなかった。
その場に座ったまま、目を伏せ、手を重ねた膝の上で、静かに涙をこぼしていた。
音も、光も、遠くなる。
ただ、自分の胸の奥から溢れてくる感情だけが、圧倒的だった。
喜び。達成感。解放。
そして、終わりを受け入れる静かな覚悟。
(……出来すぎなくらいだね)
(最高の、最後の演奏だった)
ずっと苦しかった。
でも、今日の音は、自分で自分を認められる音だった。
もう、何もいらない。
賞も、評価も、拍手さえも。
ただ、この瞬間に辿り着けたことが、奇跡だった。
隣で、湊がそっと璃子の手に触れた。
やわらかく、指先でなぞるような仕草。
何も言わなくても伝わってくる。
「おめでとう」
そのひとことが、胸に染みた。
優しくて、あたたかくて――けれど、遠い。
璃子はそのぬくもりを、心の奥で噛みしめた。
(……この手にふれられるのも、これで最後)
胸が軋むほどに寂しい。
けれど、もう迷わない。
この人への想いも、
ピアノへの執着も――
全部、断ち切る。
そうしてようやく、自分の人生が始まるのだと、璃子は知っていた。
拍手はまだ続いている。
でも、彼女の中では、もう静かな幕が下りていた。
笑顔と涙が混ざったまま、璃子は立ち上がった。
まっすぐ前を見て、舞台へと歩き出す。
それは、音楽の世界からの、美しく静かな旅立ちだった。
“Third place goes to… Entry number 14, Samuel Johnson.”
拍手の波が観客席を駆け抜ける。
璃子はわずかに息を呑み、胸が締めつけられるようだった。
しかし、彼女は静かに座り続けた。
“Second place goes to… Entry number 7, Elena Petrova.”
歓声が大きくなる。
璃子の視線は動かず、心の中はざわついた。
「もうすぐだ」その言葉だけが、胸に響く。
“And the first place winner is…
Entry number 29, Riko Asahina.”
一瞬、時が止まったようだった。
客席がざわめき、次の瞬間、歓声と拍手が波のように押し寄せる。
けれど、璃子は立ち上がらなかった。
その場に座ったまま、目を伏せ、手を重ねた膝の上で、静かに涙をこぼしていた。
音も、光も、遠くなる。
ただ、自分の胸の奥から溢れてくる感情だけが、圧倒的だった。
喜び。達成感。解放。
そして、終わりを受け入れる静かな覚悟。
(……出来すぎなくらいだね)
(最高の、最後の演奏だった)
ずっと苦しかった。
でも、今日の音は、自分で自分を認められる音だった。
もう、何もいらない。
賞も、評価も、拍手さえも。
ただ、この瞬間に辿り着けたことが、奇跡だった。
隣で、湊がそっと璃子の手に触れた。
やわらかく、指先でなぞるような仕草。
何も言わなくても伝わってくる。
「おめでとう」
そのひとことが、胸に染みた。
優しくて、あたたかくて――けれど、遠い。
璃子はそのぬくもりを、心の奥で噛みしめた。
(……この手にふれられるのも、これで最後)
胸が軋むほどに寂しい。
けれど、もう迷わない。
この人への想いも、
ピアノへの執着も――
全部、断ち切る。
そうしてようやく、自分の人生が始まるのだと、璃子は知っていた。
拍手はまだ続いている。
でも、彼女の中では、もう静かな幕が下りていた。
笑顔と涙が混ざったまま、璃子は立ち上がった。
まっすぐ前を見て、舞台へと歩き出す。
それは、音楽の世界からの、美しく静かな旅立ちだった。