世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
ホテルの静かな部屋に戻り、璃子は意を決してスマホを手に取った。
画面には母・由紀子の名前が光っている。

呼び出し音の向こうから、涙混じりの声が聞こえた。

「璃子、おめでとう!よく頑張ったわね。さすがお母さんの子よ。これでピアニストとしての将来も安泰よ」

子どもたちの元気な声も、遠くから聞こえてくる。

璃子はその言葉をじっと胸に受け止め、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「お母さん、今までありがとう。あの舞台は、私の人生で一番の舞台だった」

少しの間を置いて、彼女は続けた。

「でも……もういいよね。国際ピアノコンクールで賞を取るのが、お母さんの夢って、昔から言ってたでしょう? 取ったよ、私」

「お母さんの代わりに夢を叶えた」

「もうこれで……満足した?」

返事はなかった。

しばらくの静寂の後、電話は静かに切られ、スマホはベッドの上にぽんと投げ出された。

璃子は涙をこらえながらも、口元に優しい微笑みを浮かべた。

「もう、このまま日本に帰らなくてもいいかもしれない」

そんな思いが胸をよぎる。

涙と微笑みが交錯するその顔に、新たな決意の光が宿っていた。
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