世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
ラウンジに戻ると、璃子はソファに身を沈めて、うとうとしていた。
頬杖をつき、静かに呼吸を繰り返している姿は、今までの気迫あるステージの姿とは別人のように穏やかで、どこか儚い。

――ずっと、こんなふうに笑っていてくれたらよかったのに。

思わずそう思ってしまう自分がいた。

けれどそれは、きっと叶わない。
彼女は、もうすべてを終わらせると決めたのだから。

「璃子さん」
そっと声をかける。

璃子は、ゆっくりと目を開け、眠たげに笑った。「はい……」

「少しだけ、失礼しますね」

湊は彼女の背後へまわり、そっと小さな紙袋から取り出した小箱を開ける。
中には、あのアクセサリーショップで彼女が見つめていた――ハートのダイヤモンドが散りばめられた、プラチナのネックレス。

店員が説明していたとおり、これは特別な一品だった。
だが、彼にとってはそれ以上に、彼女のためにあるように見えた。

「……目を閉じていただけますか」

璃子は少し驚いたように眉をひそめたが、何も聞かずに従った。

湊は慣れた手つきで、そっと彼女の首にネックレスをかける。
繊細なチェーンが肌にふれた瞬間、璃子の肩がわずかに震えた。

「……っ、なに、これ……?」

手を胸元に伸ばした璃子は、指先に触れた感触に、はっと目を見開いた。
慌ててスマホを取り出し、カメラを自撮りモードにして胸元を映す。

そこには、小さく輝くハートがあった。
プラチナの輝きと、細やかなダイヤの粒が柔らかな光を反射して――まるで、彼女の新しい未来を祝福しているかのようだった。

璃子はしばらく無言のまま、それを見つめた。
そして、そっと頬をゆるめた。

「……どうして、これを……?」

湊は、小さく息を吸って、答えた。

「お店で、璃子さんが見ていたとき、思ったんです。
これは――璃子さんにしか似合わないって」

璃子は、言葉を失っていた。
けれどその沈黙のなかに、確かに何かが伝わった気がした。

彼女の瞳の奥に、微かな揺れが生まれる。

それでも湊は、それ以上は言わなかった。
ただ、静かに彼女の隣に腰を下ろし、二人の間に流れる静寂を、大切に抱きしめるように過ごした。

それが、きっと――最後の、特別な時間になるのだと分かっていたから。
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