魔女とハイエナ令嬢/暗黒ギャング抗争ファンタジー ※掲載休止予定(アカウントが変?)
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「もうそいつ、終わってるだろ。そんなので客なんかとれるわけない。現に見向きもされない」

 こんな物言いと態度の端々にも、現れたオットーと呼ばれた青年の戦闘力が圧倒的であるのが察せられる。一流・上級の魔術者は桁違いなところがあるからだ。普通の戦士とは一味違う。
 ネロスミスも感覚はかなり鋭いほうだったが「こいつ、化け物だ」と呟いて、サコンの慌てた行動を止めるようにズボンの裾を引っ張る。
 この場の二人の能力からすれば、ギャング男たちは相手にできないほどの大人数や強者ではなかった。だがこの謎の青年は未知数でもあったし、ここで十人くらいぶちのめしたり殺しても、あとあとでグループや組織と全面戦争になってしまうリスクもある(まだ状況もわからず様子見しているところなのだ)。


「これで最後の見世物にしてやったら?」

 彼はポンと娘に小粒の銀を投げた。救済や善意のようでいて、言葉と口調は酷薄でもあった。

「ほら、それで最後の薬でも売ってやれ。そいつでさんざん稼いだんだろうし、もう処分の時期だろ? その子は貰った金で勝手にオーバードーズ(過剰摂取)で死ぬ、俺やあんたらはそれを「たまたま居合わせて見物する」」

「ちょっと、おま」

 驚いたサコンが止めようとしたときには、娘が泣きながら小粒銀をギャング男に差し出して「お願いします」と土下座で哀願している。サコンとネロスミスはあっけにとられ、立ちつくす。
 ギャング男は目配せし、仲間の別の男が使い回されているであろう注射器を取り出して、小瓶から薬液を吸い出している。死にゆく娘に麻薬を注射するために。

「よおし、しゃーねえなあ」

「お、ちょっと、それは」

 なおも何か言いかけたサコンに、ギャング男がギラリと目を光らせた。

「文句あるのか、コラ! こっちの兄ちゃんは金払ってんだよ! テメーは口だけだから、こういうことになるんだろ? どうせほっといたって、このメスガキはじきに死ぬ奴だ。こんな有難いお計らいに邪魔や文句言うとか、テメエらはバカなうえに人の心がねえんだろ!」

 乱暴に、娘の首筋に針がブスリと突き刺さる。

「あ、う」

 ピストンを押し込まれ、呪われた薬液が血と体内に流れ込んだとき、娘は目を大きく大きく見開いた。パニックのように肩で呼吸し、へたり込んで痙攣しはじめる。もう何も聞こえていないようで、水たまりが広がって大便臭まで漂う。
 そして突然に娘は両手を胸の前に合わせた。

「神様、神様! ああううう、ま、ママーぁ」

 法悦の涙を流しながら、黄昏ゆく空を仰いで絶命したようだった。


6
「早く行こう、関わったらダメだ」

 いつの間にか戻ってきたセリムに促されて、サコンとネロスミスは再びに荷馬車に乗る。「もう全て済んだことだ」と忘れようとしたとき、背後で散発的な破裂音。
 振り向けば、あの刺青ギャングのクズどもが次々に血飛沫をあげて、バタバタと倒れていくところだった。どうも体の一部が小爆発で吹き飛ばされているようで、あのオットーという青年の姿はそこになかったが、彼が何かしたのだろうか。

「あいつ、いったい」

「たぶん、あれだ。ここに来るときに森番の小クルスニコ子爵やドワーフのバヤジット伯のことは話しただろ? このごろはあんまり酷すぎるってんで、外部の反魔族レジスタンスから殺し屋を呼んだなんて噂がある。あくまで噂だけどな。他の魔族の魔王とかもいるからあんまりおおっぴらに抗争するのは慎重でも、腹に据えかねたってな」

 思い起こせば、サコンとネロスミスだって、こちらのボーナの治安問題で、冒険者ギルドに打診が来て、こうしてここにいるのだ。さもありなんとは思いつつ、混迷する情勢は予想より差し迫っているらしかった。
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