魔女とハイエナ令嬢/暗黒ギャング抗争ファンタジー ※掲載休止予定(アカウントが変?)
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城壁の前には粗末な建物とバラックが密集している区画がある。サコンたちの荷馬車は近くを通るだけなのだが、どことなく腐臭と汚水の臭いが漂ってくるようだった。
「この辺りは、治安も悪いからさっさと通り過ぎるに限るな。方向と道の都合でここを通るんだが、夜とか地獄だぞ。ぶっちゃけ昼間でもヤバい。
魔族や盗賊が無茶苦茶やっていて、町や村から焼け出されたり困窮した奴らが集まっているんだ。こういう区画があっちこっちにあるから、あんまり近寄るのはお勧めできんよ」
セリムの面差しに不快と緊張の気配がある。
これも都市につきものの貧民街やスラムなのだろうが、ここまで酷いのはアルパスの地方では珍しい。ボーナの深刻な現実を如実に示している。
(サラ、こんなところで暮らして、処刑されて死んでいったわけか)
サコンとしては少々やるせない気持ちにもなる。サラ(サリー)は商業貴族の娘だったから生活ぶりはここまで悪くはなかっただろうが、それでも全体の風潮や空気として無縁ではないはず。彼女の背負わされた宿業や、有罪者として死刑になったらしい事情からしても、暗い気分になる。
そんなとき、一人の娘が近寄ってきた。
みすぼらしいというよりは、薄汚れた裸みたいな格好だった。鮮魚人だ。
「ねえ? 遊ばない?」
目に隈があるやつれた鮮魚人の娘は、頼まれもしないのに破れたスカートをめくり上げた。虐使されて爛れた陰部と薬物注射の跡が黒く壊死した太股を見せる。涙目でぶるぶる震えているのは、悲惨な境遇と禁断症状のせいなのだろうか。
「あたしは安いよ。な、何でもするよ、ウンコでも食べるから。殴っても鞭打ってもいいから、お金ちょうだい。こんなだけど、まんこに大根突っ込む芸があるんだよお! 見たかったらお金、お金をちょうだいよ! そ、そうじゃないとさ、がんばらないとさあ、もう薬ももらえないし、殴られるんだ。い、今も苦しいんだ。助けてよ、ねえ」
サコンと目が合ったネロスミスは「構うな。薬中だしもう助からん」と囁く。
「ねええええ~、ねえええええええ~」
呂律が回らず、イントネーションまでおかしくなっている。目の焦点が合っていない。まだ若いようだが、あまりに酷すぎてほとんど不快さや恐怖さえ感じさせる。まるで死霊みたいだ。
「ねえええ、お願いだから恵んでよお」
セリムが「ほらよ」と銅貨を二枚投げる。哀れな鮮魚の娘がそちらに気をとられた隙に、荷馬車はスピードを上げた。
背後を見ると、あの娘が刺青の男たちから殴られていた。きっと「ヘマしたお仕置き」だろうか。サコンは眉をひそめた。
叫びながら何度も蹴りつけている。悲鳴と哀願の声が距離をとってすら聞こえてくる。
「止めてくれ」
「無駄だ」
セリムは苦々しく答えて、それでも少し速度を落として、かぶりを振った。
「少しだけだ」
「おい?」
サコンは荷馬車から飛び降りた。
ネロスミスはとうに着地している。
「待てよ、面倒を起こすな! あいつらは! あいつらの手口なんだから乗せられるな!」
呼び止めるセリムの声を背後に、ネロスミスとサコンはさっきの現場に駆け寄っていた。
刺青の、やたら凶暴そうな男たちは接近に気づいて、ガン飛ばしでニタニタしている。明らかに何人も殺したか、軽く見積もっても日常的に暴力と恐喝に明け暮れている面構えだ。何人かは鮮魚人だったが、さっきの荒野で会った同じ鮮魚人の農夫強盗たちが「ましな部類」というカテゴライズになってしまう理由がよくわかる。
「おう、兄ちゃんたち。なんか文句あるぅ? テメエらが冷たいから、それでコイツが殴られたんだけどよぉ。なーんだ、お前らのせいだろ?」
今度は娘の頭を蹴り飛ばし、「事と次第では次はお前らだ。殺してやろうか?」と言いたげな誇らしげな表情の刺青ギャング男。
いつの間にか十人近くも集まっていて、数にものを言わせるつもりであるらしい。全員が素人ではない、一流の凶悪犯罪者の様相で「よくあるリンチ殺人」スタンバイ!
あまり賢明でないのかもしれないが、サコンとネロスミスが殺気をほとばしらせはじめたとき。
「売ってくれないか」
横から、別の若い男の声がした。
見れば、どこか東洋風の顔立ちで灰色の髪の青年。腰に短剣を帯びていたが、服装からすると魔術者であるらしい。年齢はサコンやネロスミスとあまり変わらない、三十歳前後か。魔術能力がある者は少なくないが、本物の一流の魔術者は熟練の戦士数人分に匹敵する価値があるとされる。
そしてギャングたちは警戒の表情になって囁き交わす。「こいつ、ヤバい奴じゃなかったっけ?」みたいなことを言って、「オットー」という名前らしき言葉も聞き取れた。
城壁の前には粗末な建物とバラックが密集している区画がある。サコンたちの荷馬車は近くを通るだけなのだが、どことなく腐臭と汚水の臭いが漂ってくるようだった。
「この辺りは、治安も悪いからさっさと通り過ぎるに限るな。方向と道の都合でここを通るんだが、夜とか地獄だぞ。ぶっちゃけ昼間でもヤバい。
魔族や盗賊が無茶苦茶やっていて、町や村から焼け出されたり困窮した奴らが集まっているんだ。こういう区画があっちこっちにあるから、あんまり近寄るのはお勧めできんよ」
セリムの面差しに不快と緊張の気配がある。
これも都市につきものの貧民街やスラムなのだろうが、ここまで酷いのはアルパスの地方では珍しい。ボーナの深刻な現実を如実に示している。
(サラ、こんなところで暮らして、処刑されて死んでいったわけか)
サコンとしては少々やるせない気持ちにもなる。サラ(サリー)は商業貴族の娘だったから生活ぶりはここまで悪くはなかっただろうが、それでも全体の風潮や空気として無縁ではないはず。彼女の背負わされた宿業や、有罪者として死刑になったらしい事情からしても、暗い気分になる。
そんなとき、一人の娘が近寄ってきた。
みすぼらしいというよりは、薄汚れた裸みたいな格好だった。鮮魚人だ。
「ねえ? 遊ばない?」
目に隈があるやつれた鮮魚人の娘は、頼まれもしないのに破れたスカートをめくり上げた。虐使されて爛れた陰部と薬物注射の跡が黒く壊死した太股を見せる。涙目でぶるぶる震えているのは、悲惨な境遇と禁断症状のせいなのだろうか。
「あたしは安いよ。な、何でもするよ、ウンコでも食べるから。殴っても鞭打ってもいいから、お金ちょうだい。こんなだけど、まんこに大根突っ込む芸があるんだよお! 見たかったらお金、お金をちょうだいよ! そ、そうじゃないとさ、がんばらないとさあ、もう薬ももらえないし、殴られるんだ。い、今も苦しいんだ。助けてよ、ねえ」
サコンと目が合ったネロスミスは「構うな。薬中だしもう助からん」と囁く。
「ねええええ~、ねえええええええ~」
呂律が回らず、イントネーションまでおかしくなっている。目の焦点が合っていない。まだ若いようだが、あまりに酷すぎてほとんど不快さや恐怖さえ感じさせる。まるで死霊みたいだ。
「ねえええ、お願いだから恵んでよお」
セリムが「ほらよ」と銅貨を二枚投げる。哀れな鮮魚の娘がそちらに気をとられた隙に、荷馬車はスピードを上げた。
背後を見ると、あの娘が刺青の男たちから殴られていた。きっと「ヘマしたお仕置き」だろうか。サコンは眉をひそめた。
叫びながら何度も蹴りつけている。悲鳴と哀願の声が距離をとってすら聞こえてくる。
「止めてくれ」
「無駄だ」
セリムは苦々しく答えて、それでも少し速度を落として、かぶりを振った。
「少しだけだ」
「おい?」
サコンは荷馬車から飛び降りた。
ネロスミスはとうに着地している。
「待てよ、面倒を起こすな! あいつらは! あいつらの手口なんだから乗せられるな!」
呼び止めるセリムの声を背後に、ネロスミスとサコンはさっきの現場に駆け寄っていた。
刺青の、やたら凶暴そうな男たちは接近に気づいて、ガン飛ばしでニタニタしている。明らかに何人も殺したか、軽く見積もっても日常的に暴力と恐喝に明け暮れている面構えだ。何人かは鮮魚人だったが、さっきの荒野で会った同じ鮮魚人の農夫強盗たちが「ましな部類」というカテゴライズになってしまう理由がよくわかる。
「おう、兄ちゃんたち。なんか文句あるぅ? テメエらが冷たいから、それでコイツが殴られたんだけどよぉ。なーんだ、お前らのせいだろ?」
今度は娘の頭を蹴り飛ばし、「事と次第では次はお前らだ。殺してやろうか?」と言いたげな誇らしげな表情の刺青ギャング男。
いつの間にか十人近くも集まっていて、数にものを言わせるつもりであるらしい。全員が素人ではない、一流の凶悪犯罪者の様相で「よくあるリンチ殺人」スタンバイ!
あまり賢明でないのかもしれないが、サコンとネロスミスが殺気をほとばしらせはじめたとき。
「売ってくれないか」
横から、別の若い男の声がした。
見れば、どこか東洋風の顔立ちで灰色の髪の青年。腰に短剣を帯びていたが、服装からすると魔術者であるらしい。年齢はサコンやネロスミスとあまり変わらない、三十歳前後か。魔術能力がある者は少なくないが、本物の一流の魔術者は熟練の戦士数人分に匹敵する価値があるとされる。
そしてギャングたちは警戒の表情になって囁き交わす。「こいつ、ヤバい奴じゃなかったっけ?」みたいなことを言って、「オットー」という名前らしき言葉も聞き取れた。