魔女とハイエナ令嬢/暗黒ギャング抗争ファンタジー ※掲載休止予定(アカウントが変?)

3ハイエナ娘と監獄に行こう!

1
 幸い、サコンたちを招いたエニチェリ商会の管轄や勢力下の街区では一定以上の治安が保たれている様子ではあった。
 夜間に眠っているときにも、近場での争闘や喧噪や事件が発生している気配もなく。昨日と一昨日の晩は岩棚でのキャンプだったし食事も最低限だったため、十分に食べて睡眠がとれるだけでも疲労回復とくつろぎの時間ではある。
 ようやく翌日になって朝食後、町の様子を地図と口頭で説明をしてくれたセリムに、サコンはサリーの処刑のことについてたずねてみた。過去にアルパスに滞在時間していたときに面識があったなどと、興味を抱いた最低限の理由も添えて。

「あー、サリーさんか。あの人も気の毒って言えば気の毒だったけど、麻薬や人身売買までやっちゃってたからねえ。だけどギャングのボスとしちゃ良心的だったとは思うし、同情もされてたさ。
やっていたことなんかこの都市や地方の悪事の中では、ほんの一部だけだったし。麻薬や人身売買だって、どうせサリーがやらなくたって、他のギャングがもっとあくどいやり方しただろうし。
自業自得って言ったって、見せしめとガス抜きのために生贄にされたようなものさ。政治家とか有力な金持ちとか、片っ端から魔族の息がかかっているんだし、もっと悪いボスどもは捕まえたり裁くのも無理なんだから。自己責任だけど、あの人だけ死刑になったのが公正で公平かっていえばそんなわけがないんだよ。
だから、この町の外にあるハイエナ監獄の獄長だって裁判の間中、ずっと匿ってやってた。他のギャングから殺されておかしくなかったし、あの人が色々と証拠や証言して、ギャングをまとめて始末しようっていうのもあったらしい。でも裁判官まで買収や脅迫されてるからどうにもならん。
そんで、その獄長さんは厳しいけど良い人なものだから「軽度の死刑囚だから自殺を申告する権利がある」って規定の条文を使って、楽に死ねるように麻薬入りの毒薬を差し入れてやったんだ。そしたらギャングに買収された学者や活動家が「あの獄長を首にして解任しろ」って騒いで、あいつらはギャングや魔族に不都合な人を陥れたり暗殺するから。一時は警備軍の戦士や私らエニチェリ商会も獄長の在任支持で大騒ぎして乱闘、もう内戦前夜みたいな騒動で」

 昨日の、麻薬で死んだ哀れな娘のことが脳裏をよぎる。サラ(サリー)もあんなふうだったのかと思うと、いたたまれなくなってくる。
 だがわずかながら希望や糸口も見つかった。
 自分の過去に踏ん切りをつけるにも、今後の課題、このボーナに訪問滞在している目的からしても、是非ともその「ハイエナ監獄の獄長閣下」に会ってみる必要がありそうだった。


2
 その最強の監獄は、都市ボーナから丸一日の砂漠にあるのだった。それは防衛拠点を兼ねた要塞でもあり(魔王の城が近いゆえ)、いざとなったら「死刑囚に爆弾を背負わせて自爆突撃させる」(背後から槍で追い立てて)という鋼鉄の思想がある。
 どうせ普通に楽な死刑くらいでは罰にも見せしめにもならないから、過酷な労働と厳しい規律と断固たる鎮圧でもって「悪は裁かれる」という信念を体現するがごとく。
 入り口の彫刻には、三匹のハイエナに噛み裂かれる囚人が現され、「お前らはこういう扱いと結末なんだよ」「逃げようとしても無駄だ」という真情のこもった暗黙のメッセージが込められている。
 人々はそれを「ハイエナ監獄」と畏怖していた。


3
 エニチェリ商会はハイエナ監獄にも物資を納品しており、有難いことにサコンも便乗させて貰えることになった。

「あの獄長、オヤジの兄貴なんだ。アタシにゃ伯父貴ってわけなのさ。それでたまに慰問しに行くんだよ。囚人どもにも、さいごの慰めに」

 一緒に乗り込んできたのは、なんとアハ団(アマゾネス・ハイエナ団)のリーダー、キラン・レイレイだった。しかももう一人の新人の後輩格まで連れていて。
 見た目は腕や足がガッシリしていたが、ボーイッシュな美しい女性。二十歳くらいだろうか。耳は犬や猫などの獣のようだったが、さほどの嫌悪感は湧かない。凶悪そうな釘棍棒を持っていることなどで端々に性格が垣間見えるが、全く話が通じないわけでもないらしい。

「慰問ってのは、新人の度胸試しも」

 ニヤッと笑う肉食獣じみた表情には独特の愛嬌さえあるほどだ。
 たしかに気が強そうではあったが、予想ほど恐ろしいふうには見えない。聞けば氏族の小ボスの家系で、キランは母親から地位を受け継いだ令嬢なのだという。

「あんた、サリーさんのこと知ってるんだって?」

「ん? そうなんだ。たまたま子供のときにアルパスに来てたことがあって」

「初恋?」

「う」

 サコンは返答に詰まる。婚約と破談のことをベラベラ喋るのは賢くないだろうし、気持ちとしても無理がある。

「アハハ、いーって、いーって! サリーさんもお参りしてあげたら喜ぶと思うよ。そうだ、花は?」

「え」

 そんなもの、準備していない。
 キラン・レイレイは御者に言った。

「ねえ、町出る前にやっぱり途中の市場で五分だけ止まってよ。この人、サリーさんの昔の知り合いで、献花してあげたいんだって。花屋もあるし、私たちもパンと水筒はあるけど、何か摘まんで食べるもの買っておきたいし。あなたたちも間食用に何か買ったら?」

 おかげで白いバラを手に入れた。
 キラン曰く「凍てつく女王」にぴったりだと。
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