魔女とハイエナ令嬢/暗黒ギャング抗争ファンタジー ※掲載休止予定(アカウントが変?)

1終焉都市ボーナに魔女を訪ねて

1
 黒い毛皮と爪のある手を「つかまれ」と差し出したのは、体高が一メートルもあるタスマニアデビルだった。全身が真っ黒の怪異な獣だったが、ブルーの上着に白いズボンで、背中にはリュック。おまけにブーメランのような鉈斧までぶら下げて人間の言葉。
 相棒は特に驚くでもなかった。

「ネロ、歩く感じでいくか」

「そうだな。重力反転までだと、落下移動の距離が短すぎてかえって面倒だ。ちょうどいい具合の斜面だし、あそこの岩棚まで駆け上がる」

「オッケー」

 冒険者の出で立ちのサコンは、革と鉄板の胸当てや手工・脛当てに、槍を杖替わりに荷物を背負ってもいる。
 サコンが黒い獣の手を握ると、二人はフワフワと空中を漂いだす。「重力操作」の魔法で目方が大幅に軽減された結果の現象だった。二人組は普通ならばよじ登れないような(カモシカでも敬遠するだろう)、ほとんど垂直の斜面を足で蹴って、ヒョイヒョイと駆け上がっていく。
 こんな芸当ができるのはネロスミスならではだろう。なにしろ彼は動物ではなく、正体は動物に変身しているドワーフの魔法戦士なのである。父親が獣エルフだったことから変身能力があって、特殊な「女神の加護」を受けているらしい。
 やろうと思えば、重力方向を反転することもできるのだが、それだと落下になってしまって勢いがつきすぎるし(二人で、しかも距離が中途半端でもある)、パワー消費も激しくなる。どんな能力であってもそのときどきで、やり方や使い方は考慮しないといけない。

「この分だと、今日の晩はこの上くらいの適当なところでキャンプだな」

「ああ。無理言ってすまない」

「どうせ、必要なミッションでもあるだろ? お前の「元婚約者」とやら用事はついでだし、俺もボーナの件では興味はあったんだ。会ってみたいエルフの組織やボスがいるのは話しただろ」

「ああ。そうだったな」

 目当ての岩棚で、二人は水筒の水を飲みながら雑談する。どうせ今日中にこの崖の向こうにまで越えていくのは難しいだろう。どこか適当で、いざというときに安全そうな場所で休んで夜明かしするべきだと、二人ともわかっている。
 あまり慌てて無理に上って、日没になってから休める場所がないのは困る。食事や睡眠するにもある程度の広さの方が良いだろうし、最悪はゴブリンや魔族から襲われる場合も考えに入れなければいけないだろう。
 こうして地方都市アルパスから、同じような都市国家ボーナの領域までには、もしも馬で平たい道ならば二日や三日の距離だろうか。ただし、起伏の激しい土地ではその常識は通用しなかった。
 サコンもネロスミスも魔術が全く使えないわけではないけれども、基本的には戦士だから、普通の人間にできないような桁外れの機動力まではない。テレポートのような芸当もできないし、ここは普通に毛が生えたくらいのやり方でバカ正直に岩場を上っていくしかない。

「頂上まで行ったら、ロープウェイがある」

「そうだな」

 本当は、二人ともちょっぴり後悔していた。
 実力を過信して、岩場の峠越えをなめていた。
 もしも潤沢に資金があるならば、エルフなどの業者が設置している魔術操作のロープウェイもある。しかし値段が高く、割安では公用の使者や郵便が優先されるし、あとは金持ちと物資輸送で採算のとれる商人などが主な客である。

「やっぱり、最初から特権でロープウェイ使った方が賢い。回数制限あるけど、こんなこと常時に頻繁にやるようなことじゃないからな」

「かもな。しんどくなってきたが、「下り」だったら俺が操作できるから、ちょっと交渉して安くして貰えるように頼んでみるさ」

 二人は、都市アルパスの行政府から「二級勇者(準勇者)」として認定されている。魔族や盗賊を討伐したりダンジョンを踏査したりして実績を上げた場合に授けられる称号で、補給や移動・滞在などで補助が出たり有利に計らって貰えるというもの。
 ただし「勇者」とはいっても地方で二百組もいるような「量産勇者」、戦意の鼓舞や都市の見栄で人数を水増しするためのローカルな認定資格と称号で、せいぜい「上級の冒険者や戦士」くらいのものでしかない。与えられる特権や便宜も、王様や上位の大貴族から直接の指名・任命やら都市代表選抜で数人のトップクラスと比べるのはどだい無理だ(そういう人たちもピンキリで、知る限りには世界で数十人いるらしいが)。

「あっちに着いてからが本番なんだから、峠越えで力尽きてたら話にならない。それにあっち側はかなり荒れてるって話だぜ?」

 これまでのミッションや冒険は、こっち側のアルパスの支配領域やその近郊ばかりだった。せいぜいが付き合いがあって交通の便利な近くの都市や村に出向くくらいが関の山。
 今度ばかりは勝手が違い、新しいハイレベルへの挑戦の趣もある。サコンだって、少年時代に一時期にだけ婚約していた女性(都合が変わって婚約破棄された)の一件がなかったとしたら、わざわざ出向こうとは思わなかったはずだ。
 いずれにせよ、ここは民間人が日常生活で往来して越えるような境界ではない。言語が同じで政府や軍などでは付き合いや交渉があるにせよ、普通一般人にとっては相互に隔たって隔絶された世界なのだ。
< 3 / 18 >

この作品をシェア

pagetop