魔女とハイエナ令嬢/暗黒ギャング抗争ファンタジー ※掲載休止予定(アカウントが変?)
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 誰にだって、過去の重要な思い出や特別な出来事はあるだろう。サコンの場合には、少年時代のサラとの「婚約」がそうだった。量産勇者としては奇妙で月並みな話だろうが、それが人生や性格に与えた影響は計り知れないだろう。
 彼女は四歳か五歳くらい年上で、この岩場の峠を越えた向こうの、これから向かうボーナの商業貴族の娘だった。なんでも、嫡出でない愛人の娘だったこともあって(母親は早くに亡くなっていたという)、本家に当たり障りがないように離れて幸福に暮らせるようにとの親の取り計らいだったらしい。事実、こちら側のアルパス地域の方がたしかに安全でもあっただろう。
 そこで、こちら側アルパスの薬売り・調剤ギルドで少しは名があったサコンの家にも打診があったのだという。父はあちら側に出向いて、客として先方と面識があって、お茶の席で小倅の私について話して、サラ本人が面白がって記憶していたとのことだ。父は私が作った紙で出来た建物の模型と、彫像のスケッチを持ち歩いていて、サラがそれをいたく喜んだので進呈したのだとか。「まだ十歳かそこいらだが建築の大家のアルベルトに喜んだり、彫刻と絵画の名人のミケロットに大喜びしていて、将来は建築や石工や鋳物のギルドに入ろうかなどともほざいている」なんて話をしたらしい(事実ではある)。父からしたら親バカついでに、将来のために息子の紹介のつもりだったのか。
 他の候補者もいたらしいが、何か厄介な事情があったのか、性格が会わなかったらしい。それで興味を持った男の子として、私のところにお鉢が回ってきた。伯父が医者でもあったから、そのことでも好都合だったのかもしれない。親父からすれば良い家柄と縁組みするのはあながち悪い話でもないし、私の方が若いから万一に上手くいかなくても、あとで別の年下の再婚相手を見つけてもいいくらいに考えたのか。
 父は「あの娘は美人だが可哀想なところもある」云々と言っていたから、彼女の境遇にも同情していたのかもしれない。それでも美人だったのは事実だったし、父が同情していたことから「悪い人ではない」と直感的に感じた。当時の最初には私は「きっと生まれつきに体が弱いとかだろう」などと思ったが、後にそれだけではなかったと知ってショックを受け、それが冒険ギルド入りして盗賊や魔族討伐するきっかけになっている。

「あんなお父様でも、少しは私のことも良いように考えてくれているんでしょうねえ」

 そうして皮肉めいてクスクスと笑った彼女の横顔は謎めいて、それまでに見知っていた同世代の女の子たちや、他の年上の女性と比べても、どこか異質で特別な魅力があったように思う。
 あの金色の髪と、年齢差で大人びて完成されて見えた面差し。「この人がお前の婚約者だよ」と言われたら、たとえば「ごっこ遊び」している子供に本物の名刀やら名馬を与えたようなものだ。後々にサコンが同世代や女性全般に冷淡な態度ともとられるようになったのは、そのときの彼女とのショックと印象が強すぎて「サラに比べたら」と思ってしまうのも一因だろうか。
 サラは本当の名前は「サリー」と言ったのだけれども、本人はサラと呼ばれたがっていた。名前が好きでないことと、面倒事を避けたいのだと。

「サリーって、サクリファイス(犠牲者)を縮めた隠語みたいじゃない。なんとなく、それが嫌。サラだと、古い始祖の族長の妹や妻で、王様にも見初められた昔話みたいでしょ。きっと遠い昔に忘れられた元々の話では神話の女神様の名前とかなんだろーなって、なんとなく思ってる」

 その通りだ。
 きっと少年時代のサコンにとっては「女神」だっただろう。運命すら変えてしまうほどに。
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