紫陽花の憂鬱
ごめんなさいの代わりに
イルミネーションのエリアを抜けると渋滞は緩和され、海まではすぐだった。車を停め、ドアを閉めて砂を踏みしめた。
「紫月さん。」
「は、はいっ!」
「外で話す?…結構寒いから、大丈夫かなって。」
「え、えっと…この前日向くんの気持ちを聞いた場所で、…話したくて。」
「ん、わかった。」
ただ夕日が沈むのを見るためだけに歩いた時とは寒さも気持ちも全く違っている。それでも今日、言おうと思ってここに来た。今日は紫月が前を歩いている。紫月は前に二人で夕日を眺めた場所まで来ると足を止めて、日向を振り返った。
「…寒いのに、付き合わせちゃってごめんね。」
「俺は平気だけど、紫月さんが寒くて限界ってなったら話の途中でも車に戻ろうね。車の中でも話はできるし、あったかいところに行くこともできるから。」
「…うん、ありがとう。…その、私が上手に話せたらすぐ…なんだけど。でもあの、今日はちゃんと考えてきたから、…聞いてほしい、ことを。」
「うん。」
気を抜くとすぐに出てしまう『ごめんなさい』という言葉。本当はそれは、日向に向かって言うには相応しくないということがわかって、だからこそ今日はこの言葉はここから、使わない。
紫月は小さく息を吸った。そして一呼吸おいてからゆっくりと口を開いた。
「…まずは、今日一緒に過ごしてくれてありがとう。2ヶ月も待ってくれてありがとう。…今日、こうやって話を聞くために時間を作ってくれて、ありがとう。…日向くんには『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』って言いたい。…今までずっと、たくさんのことでごめんなさいって言ってきたけど、ごめんなさいの代わりに本当に言いたかったことはね、『ありがとう』だったの。」
「…うん。」
日向の笑顔にまた今日も、勇気づけられる。笑顔を返しながら、紫月は再び口を開いた。
「…日向くんの言う『好き』に見合う言葉を探して、自分の気持ちを…考えて、でも私は…自分の気持ちを見ることをずっとしてこなかったから、…よく、見えなくて。周りの人がどう思うかとか、日向くんが職場でいろんな子から好かれてることとか、…私じゃつりあわないこととか…そういうことがずっと、先にきてしまって、それが余計に私の気持ちをわからなくした、けど。でも…それでも、『好き』の正体は見えないままだけど、でも…。」
紫月は左手で右手を包みながらぎゅっと握った。紫月の手にそっと、日向の手が触れた。
「うん。『でも』の先、…焦らなくていいよ。」
「…あり、がとう…。」
日向の声に導かれれば落ち着いて呼吸ができる。ふぅっと一度息を吐いた。そしてまっすぐに日向を見つめる。
「日向くんが『好き』って言ってくれた私を、…好きになりたくて。日向くんの隣に立ってまた出かけて、日向くんの笑顔が見たいって思う、の。日向くんが笑顔を向けてくれる時の私のことは、…少しずつ好きだなって思えるようになった、から。…自分のことは信じられなくても、日向くんの言葉は、日向くんの笑顔は信じられる。」
日向のくれた言葉も、過ごした時間も何もかもが大切だ。それこそ、今日が最後だと言われたらぼろぼろ涙を流してしまうくらいには、失いたくない。
「…一緒にいる時間を、終わりにしたくない、です。日向くんに返せるものが今の私にあるのかもわからないけど、でも…できることをしたいって思うし、できないことも…待たせちゃうかもしれないけどできるようになりたいって…思って、ます。」
紫月の手に触れていた日向の手が、ぎゅっと少しだけ強く、紫月の手を包んだ。
「…これからも一緒にいてくれるの?」
日向の声が揺れていた。紫月はその目を見つめたまま、頷いた。
「…一緒に、いたいです。もっと話したいし、日向くんのことが知りたいし、…日向くんの力になりたい。たくさん助けてもらったから、…私も、日向くんみたいに支えられる人に、…なれたらなって。」
「…紫月さんの言ってること、過大解釈しちゃいそうなんだけど…俺。」
「過大解釈…?」
「同期じゃなくて、俺の好きな人として一緒にいてくれるってこと、…ととりたいというか。」
「へっ…あっ…えっと…そこは、どうしたらいいんだろう…その、日向くんの気持ちは嬉しくて、私も…日向くんのことは尊敬もしてて大切でっ…でもその、日向くんと同じ量の『好き』をもってるのかって言われたら…それははっきり言えなくて…。」
ざざっと靴の裏が擦れる音がした。日向が一歩、紫月の方に距離を詰めた。
「量はね、どう考えたって俺の方が多いよ。だってずっとなんだから、片思いは。同じ量なんかじゃなくていいよ。…紫月さんにこうやって触れるのは、…大丈夫?」
ぎゅっと上から握られた手に神経がいく。恥ずかしくて耳が熱くなるが、嫌なんかではもちろんない。ただドキドキするだけだ。
「…だい、じょうぶ、です。あ、あの、あと…その、日向くんが前に言ってた、『我慢できなくてごめん』って言葉も気になってて、…我慢をさせるようなことをしてたのなら…それは私が直したくて。だから、その、日向くんにあんまり我慢とかしてほしくないので…。」
紫月がそう言い終えると、日向の手が紫月の手から離れた。
「…日向くん?」
「紫月さん。片手を貸してください。」
「片手?」
「うん。」
紫月はぐっと握っていた手を解いて、右手を握手するような形で差し出した。するとそのまま日向の左手に指を絡め取られた。指と指が絡まり、きゅっと握られると手の大きさの違いがダイレクトに伝わってまた心拍数が上がる。
「日向くん!?」
「…我慢しないとこうなっちゃうんだよ。紫月さんを驚かせたくない、怖がらせたくない、距離は縮めたいけど急にはできない。…そういう我慢。手を繋いで歩きたかったよ、今までのデートだってずっと。でも紫月さんは紫月さんのペースで距離を縮めてくれた。…それは嬉しいことだったし、でもそれだけじゃ足りないって先に思ったのが俺だったってだけ。…我慢しないでほしいなんて言うと、次々やっちゃうよ、紫月さん?」
ほんのりと染まった頬と寒さで赤くなった日向の鼻が見える。
(…照れてしまうのは、…私だけじゃ、ないのかもしれない。)
絡んだ指にきゅっと紫月も力を込める。もっと距離が近付いたような気がして恥ずかしいけれど、嫌ではない。むしろ嬉しくて、手の大きさに安心すらしている。ドキドキする気持ちと嬉しさや安心は同時に存在できるものだということが初めてわかって、日向の手の力が少し強くなったのを感じると反射のように握り返してしまっていた。
「…握り返してくれるとますます調子に乗るよ、俺。」
「あの、その、日向くんの次の我慢は、何だったの?」
紫月の問いかけに日向の表情は一瞬で真剣なものに変わった。
「…好きだって、言いたい。可愛いって言いたい。…何度も思って、何回も飲み込んだよ。…好き、は、…我慢できなくてもう言っちゃってたね。」
「紫月さん。」
「は、はいっ!」
「外で話す?…結構寒いから、大丈夫かなって。」
「え、えっと…この前日向くんの気持ちを聞いた場所で、…話したくて。」
「ん、わかった。」
ただ夕日が沈むのを見るためだけに歩いた時とは寒さも気持ちも全く違っている。それでも今日、言おうと思ってここに来た。今日は紫月が前を歩いている。紫月は前に二人で夕日を眺めた場所まで来ると足を止めて、日向を振り返った。
「…寒いのに、付き合わせちゃってごめんね。」
「俺は平気だけど、紫月さんが寒くて限界ってなったら話の途中でも車に戻ろうね。車の中でも話はできるし、あったかいところに行くこともできるから。」
「…うん、ありがとう。…その、私が上手に話せたらすぐ…なんだけど。でもあの、今日はちゃんと考えてきたから、…聞いてほしい、ことを。」
「うん。」
気を抜くとすぐに出てしまう『ごめんなさい』という言葉。本当はそれは、日向に向かって言うには相応しくないということがわかって、だからこそ今日はこの言葉はここから、使わない。
紫月は小さく息を吸った。そして一呼吸おいてからゆっくりと口を開いた。
「…まずは、今日一緒に過ごしてくれてありがとう。2ヶ月も待ってくれてありがとう。…今日、こうやって話を聞くために時間を作ってくれて、ありがとう。…日向くんには『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』って言いたい。…今までずっと、たくさんのことでごめんなさいって言ってきたけど、ごめんなさいの代わりに本当に言いたかったことはね、『ありがとう』だったの。」
「…うん。」
日向の笑顔にまた今日も、勇気づけられる。笑顔を返しながら、紫月は再び口を開いた。
「…日向くんの言う『好き』に見合う言葉を探して、自分の気持ちを…考えて、でも私は…自分の気持ちを見ることをずっとしてこなかったから、…よく、見えなくて。周りの人がどう思うかとか、日向くんが職場でいろんな子から好かれてることとか、…私じゃつりあわないこととか…そういうことがずっと、先にきてしまって、それが余計に私の気持ちをわからなくした、けど。でも…それでも、『好き』の正体は見えないままだけど、でも…。」
紫月は左手で右手を包みながらぎゅっと握った。紫月の手にそっと、日向の手が触れた。
「うん。『でも』の先、…焦らなくていいよ。」
「…あり、がとう…。」
日向の声に導かれれば落ち着いて呼吸ができる。ふぅっと一度息を吐いた。そしてまっすぐに日向を見つめる。
「日向くんが『好き』って言ってくれた私を、…好きになりたくて。日向くんの隣に立ってまた出かけて、日向くんの笑顔が見たいって思う、の。日向くんが笑顔を向けてくれる時の私のことは、…少しずつ好きだなって思えるようになった、から。…自分のことは信じられなくても、日向くんの言葉は、日向くんの笑顔は信じられる。」
日向のくれた言葉も、過ごした時間も何もかもが大切だ。それこそ、今日が最後だと言われたらぼろぼろ涙を流してしまうくらいには、失いたくない。
「…一緒にいる時間を、終わりにしたくない、です。日向くんに返せるものが今の私にあるのかもわからないけど、でも…できることをしたいって思うし、できないことも…待たせちゃうかもしれないけどできるようになりたいって…思って、ます。」
紫月の手に触れていた日向の手が、ぎゅっと少しだけ強く、紫月の手を包んだ。
「…これからも一緒にいてくれるの?」
日向の声が揺れていた。紫月はその目を見つめたまま、頷いた。
「…一緒に、いたいです。もっと話したいし、日向くんのことが知りたいし、…日向くんの力になりたい。たくさん助けてもらったから、…私も、日向くんみたいに支えられる人に、…なれたらなって。」
「…紫月さんの言ってること、過大解釈しちゃいそうなんだけど…俺。」
「過大解釈…?」
「同期じゃなくて、俺の好きな人として一緒にいてくれるってこと、…ととりたいというか。」
「へっ…あっ…えっと…そこは、どうしたらいいんだろう…その、日向くんの気持ちは嬉しくて、私も…日向くんのことは尊敬もしてて大切でっ…でもその、日向くんと同じ量の『好き』をもってるのかって言われたら…それははっきり言えなくて…。」
ざざっと靴の裏が擦れる音がした。日向が一歩、紫月の方に距離を詰めた。
「量はね、どう考えたって俺の方が多いよ。だってずっとなんだから、片思いは。同じ量なんかじゃなくていいよ。…紫月さんにこうやって触れるのは、…大丈夫?」
ぎゅっと上から握られた手に神経がいく。恥ずかしくて耳が熱くなるが、嫌なんかではもちろんない。ただドキドキするだけだ。
「…だい、じょうぶ、です。あ、あの、あと…その、日向くんが前に言ってた、『我慢できなくてごめん』って言葉も気になってて、…我慢をさせるようなことをしてたのなら…それは私が直したくて。だから、その、日向くんにあんまり我慢とかしてほしくないので…。」
紫月がそう言い終えると、日向の手が紫月の手から離れた。
「…日向くん?」
「紫月さん。片手を貸してください。」
「片手?」
「うん。」
紫月はぐっと握っていた手を解いて、右手を握手するような形で差し出した。するとそのまま日向の左手に指を絡め取られた。指と指が絡まり、きゅっと握られると手の大きさの違いがダイレクトに伝わってまた心拍数が上がる。
「日向くん!?」
「…我慢しないとこうなっちゃうんだよ。紫月さんを驚かせたくない、怖がらせたくない、距離は縮めたいけど急にはできない。…そういう我慢。手を繋いで歩きたかったよ、今までのデートだってずっと。でも紫月さんは紫月さんのペースで距離を縮めてくれた。…それは嬉しいことだったし、でもそれだけじゃ足りないって先に思ったのが俺だったってだけ。…我慢しないでほしいなんて言うと、次々やっちゃうよ、紫月さん?」
ほんのりと染まった頬と寒さで赤くなった日向の鼻が見える。
(…照れてしまうのは、…私だけじゃ、ないのかもしれない。)
絡んだ指にきゅっと紫月も力を込める。もっと距離が近付いたような気がして恥ずかしいけれど、嫌ではない。むしろ嬉しくて、手の大きさに安心すらしている。ドキドキする気持ちと嬉しさや安心は同時に存在できるものだということが初めてわかって、日向の手の力が少し強くなったのを感じると反射のように握り返してしまっていた。
「…握り返してくれるとますます調子に乗るよ、俺。」
「あの、その、日向くんの次の我慢は、何だったの?」
紫月の問いかけに日向の表情は一瞬で真剣なものに変わった。
「…好きだって、言いたい。可愛いって言いたい。…何度も思って、何回も飲み込んだよ。…好き、は、…我慢できなくてもう言っちゃってたね。」