紫陽花の憂鬱

絶対に別会計

 近くのディスカウントストアまで歩いて10分。深夜まで営業していてあらゆるものが揃うこの場所に来ることは滅多にないが、泊まるとなると必要なものは色々あり、それが一か所で済むのならばこれ以上最適な場所はなく、慣れた様子の日向はかごを取った。紫月はといえばあまり来たことがないため、ついきょろきょろしてしまう。

「紫月さん、あんまり来ない?」
「あ、えっと、いろんなところにあるのは知ってるんだけどその、あんまり入らないかも…安いっていうのと何でも揃うっていうのはわかってはいるんだけど…。」
「はは、確かに紫月さんってあんまり来なさそう。欲しいなって思ったもの、何でも入れていいからね。俺、女性がどういうものを必要としてるかわからないから、…その、気をきかせたいんだけど気付かない…と思うんで。ほんと、遠慮なしで入れてね。置いておけるものは置いていっていいし。」

 日向の日常の中に入れてもいいと言ってもらえているような気がして、紫月は微笑みを返す。

「ありがとう。…その、欲張りにならないように気をつけるね。」
「え~いいよ、欲張りになっても。あ、それとちょっとは離れて見に行っちゃってもいいけど、夜だし一人で遠くまで行っちゃだめだよ?」
「う、うん。気をつけます。」

 店までの道では手を繋いでいたが、店内に入ってからは自然に手は離れた。空いた手で歯ブラシやメイク落としを見つけてはそっと、カゴの中に入れていく。衣類のコーナーに入ってふと、絶対に買わなくてはならないものに気付く。

(し、下着!あとパジャマも…?)

 紫月が輪をかけて部屋着のコーナーをきょろきょろし始めたのを見て、日向はハッとしてから紫月に声を掛けた。

「寝る時は、紫月さんが良ければ俺の服、着る?」
「へっ…?」
「部屋着買ってもいいけど、ここにあるのってあんまり紫月さんの趣味じゃなさそうだなって。ちょっとその…露出多い感じだし。好きなのあるなら全然、ここのでもいいんだけど。」
「あ、ううん!その、どうしようかなって思ってて。その…可愛すぎるデザインが多いからっていうのとその…泊めてもらうのに、寝るときの服とか全然…考えが及んでなくて…今思いついたというか、気付いたっていうか…。」

 泊まり慣れていたらすぐに思い付けたのかもしれないが、紫月は一緒にいたいことを伝えるので精一杯で、その先のことまで十分に考えが及んでいなかった。しどろもどろになりながらもそう言うと、日向は優しく微笑んだ。

「紫月さんが好きなお店とか、今度一緒に行こうか。どういうのが好きなのか知りたいから、紫月さんの買い物、一緒に行きたい。…今日は、俺の服でも平気?」
「か、貸してもらえるならなんでも助かるよ…!ありがとう。」
「ううん。じゃあ、ここのコーナーはもう大丈夫かな?」
「あっ、えっと…日向くん、先に少しだけ進んでてもらってもいい?その、少し見てからすぐ追い付くので。」
「…?わかった。じゃあちょっと進んでおくね。」
「うん、ごめんね。」

 紫月はくるりと向きを変え、衣類のコーナーの少し奥に進む。下着を日向のカゴに入れるわけにはいかない。いつもはブラとキャミソールは別だが、今日は別々で買ってしまったら日向に隠せるような形で持てそうにはなくて、パッキングされているくすんだピンク色のブラトップを1枚選んだ。それにぴったりと合うわけではないが、パステルピンクのショーツを1枚手に取り、胸に抱きかかえた。これは絶対に別会計で買うことを決めて、紫月は少しだけ早歩きで日向のところに向かった。

「あ、よかった。紫月さん、来たー。」
「お、お待たせしました。」
「いいのがあった?」
「…え、えっと、あったんだけど…その、これはその、カゴに入れられないもので…。」
「…?」

 日向はきょとんとした表情で紫月を見つめた。紫月は少し恥ずかしい気持ちになりながらも、口を開いた。

「…あの、…下着…なので、これはその、自分で先に買います。」
「えっ、あっ、あ、そうだよね。ごめん!気付かなくて…。」
「う、ううん…あの、私の考えが色々及んでないだけっていうか…その、…一緒に居るために何を用意したらいいのかってところを考えるところまでいけてなくて…、いっぱい、いっぱいで…。」
「…そんなの、同じだよ。」
「え?」
「俺もね、一緒に居てくれる時間が延びたーって舞い上がっちゃってて、全然地に足がついてないよ。…だから、おんなじ。これは俺に内緒がいいなってものはさ、あ、ちっちゃいカゴあった。これに入れて持っていく?」
「あ、ありがとう。」
「うん。…っていうか、ごめんね、恥ずかしいことを言わせちゃって。着替えがないんだから、そのくらい思い付けよーって感じだよね。」

 日向が軽く指先で頭を掻きながらそう言った。紫月は首を横に振った。

「ううん。…カゴもありがとう。あとはあの、明日のメイク用品がちょこっとあれば大丈夫かなって思ってて。」
「そっか、そうだね。お風呂入って、髪乾かして、寝る、朝ご飯って流れで考えて、紫月さんがいつもの流れでやるときに必要なもの、足りそう?」

 いつもの流れと言われて、自分の家での生活をしっかりと思い出す。カゴの中のものを見つめてひとまずこれで何とかなりそうだと思い、紫月は力強く頷いた。

「じゃあメイク用品見よっか。…っていっても全然詳しくないっていうか、どこにあるんだろう。」
「あ、もう少し奥にありそう。あのキラキラしてるところ。」
「うわー…なるほどね。ああいうところにそういうものがあるんだ。…普段の俺が近付かないわけだよ。」

 そう言って少し困ったように笑う日向に、紫月はくすりと笑みを零した。

「紫月さん?」
「あっ…えっと、笑顔にも色々あるなって思ったの。ニコニコもあるし、今みたいなのも…ちょっと困ってるけど笑ってる、みたいなね。今日見てる表情、今まで見たことがなかったから新鮮で。」

 違う種類の笑顔を見つける度に少し嬉しくなって、いつもならば嬉しいことがあったとしてもその感情は大きく前に出ることはないけれど、日向に見せてもらえばもらうほど、自分の感情もそのまま素直に出てしまう。

「…あーあ…カゴがなかったら手が繋げるのにな~。もう、紫月さんがずーっと可愛いことばっかり言うから、俺はどこでも手、繋ぎたくなっちゃうよ。帰り道は手、繋いで帰ろうね。」

 紫月は少し耳を赤く染めながら、『うん』と静かに頷いた。
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