紫陽花の憂鬱
でも、大丈夫なんだよ
とんでもないことを聞いているという自覚はあった。しかし、わがままな自分がずっと顔を出して、もっと近付きたい気持ちがずっと高まっていた。だから帰りたくないなんてことも言ってしまったし、今こうして日向と夜を過ごしているのも、全て紫月の意志で決めたことだった。
「日向くん…あの…。」
「…ま、待って。…っていうか、本当にどうしたの?さっきのくっついてくれたのもだけど…今日本当にずっと…紫月さんの方から近くに来てくれることがさ…。」
目元を手で覆ったまま、日向は天井に顔を向けていた。そんな日向の部屋着の袖の裾を引く。
「…どんどん欲張りに、…なってる、のかも。調子に乗ってるね、なんか。嬉しい気持ちがいっぱいで、もう充分なのに…嬉しいからなくなってほしくなくて、本当なんだなって思いたくて、日向くんの近くにいようとしちゃってる…気がする。」
裾を引いていない方の日向の腕がゆっくりと上がり、日向の手が紫月の頬に触れた。そのままその手にすっと引き寄せられ、紫月の頬に日向の唇が一瞬触れた。耳元の近くでした唇の離れた音にこれが現実だとわかる。
「…俺ね、紫月さんには自分がされたら嬉しいことばっかりしてるよ。抱きしめるのも、手を繋ぐのも、紫月さんの肩借りてもたれたのも、したかったことで…されても嬉しいこと。」
日向と目がまっすぐに合うと、恥ずかしくて照れくさいのに見つめていたい気持ちになる。6年近く同じ職場にいたのに、知らない顔ばかりに出会っては、今までに感じたことのない温かさが心にも体にも満ちる。紫月は空いている方の手をぐっと握った。
「…あの、じゃあ…えっと、じゃあっていうのも変なんだけど、…ほっぺを…ちょっと私に貸してください。」
「え…?あ、あの…紫月さん、それって…。」
「ひゅ、日向くんの真似をさせてもらえたらなって…えっと、頑張るので…さ、さっきの事故よりはもう少し、マシにできたら…。」
しどろもどろになりながら、何とか言い終えた紫月の方を見つめ、真剣な眼差しを向けながら日向は口を開いた。
「…いいの?」
「う、うん。」
「頑張りすぎてない?」
「…うん。…頑張りたいの。だって、私が少し頑張るだけで、日向くんは嬉しい気持ちになってくれるんだよね?」
「…それは…まぁ本当にその通りなんだけど。…じゃあ、…貸します、ほっぺ。」
「お、お願いします。」
日向は紫月の方に少しだけ左頬を向けて、静かに目を閉じた。一度息を飲んで、それでも心拍は少しも収まることはなく、そのままの心で紫月は日向と同じように頬に手を伸ばした。首を伸ばし、強くなりすぎないようにと思いながらそっと頬を少し自分の方に引いた。
好きな人の頬に口づけるということを今まで一度もしたことがなかった。だからこそ、唇に触れたわけではないのに体に一瞬痺れが走ったかのようだった。強く口づけたわけではなかったのに、離すときに妙に音が残ってしまい、紫月は慌てて少し距離を取った。
「…っ…強かった…?」
「…ううん、全然。はぁー…たまんないなぁ、これ…。」
再び、紫月の肩にコテンと日向の頭が落ちてきた。と思ったら、すぐに頭を上げた日向が紫月の頬に唇をつけた。さっきよりも少し長く、そして唇が離れる時の音も大きく聞こえて、紫月の耳が赤く染まる。
「隙あらばしちゃうよ、こんなの。…だって可愛すぎる、紫月さん。」
「っ…え、えっと…?」
「…指も大丈夫でほっぺも大丈夫なんだ。…緊張で苦しくなってる?大丈夫?」
こうやって、息をするように自然に紫月のことを気にかけて立ち止まってくれる人だと、もう十分すぎるほどわかっている。だから、歩みを止めたくないと思えるのだと今ならわかる。ほんの少し勇気を出すだけでそれを温かく受け入れてもらえて、そしてとびきりの笑顔を見せてももらえる。
(…緊張はする。でも、大丈夫なんだよ、日向くん。)
「…大丈夫だよ…れ、蓮、くん。…名前もね、いつも紫月って呼んでくれてありがとう。ちょっとずつ、私も返せるように、…隣に並べるように頑張るから。…名前、…あの日に呼んだっきりで呼べなくてごめんね。…蓮くん、って呼びます、ちゃんと。」
紫月がそう言い終えると、日向は今までで一番強い力で紫月を抱きしめた。深く呼吸をする音が聞こえて、紫月はその背に回した手でいつものように服を掴んでしまう。
「…紫月さん。」
「は、はい。」
「腕、解くからさ、そしたらこっち、向いてくれる?」
「う、ん…?」
腕の力が緩み、言われた通りに日向の方に顔を向けると、日向の指が紫月の唇にトンと触れた。
「ここも、大丈夫?」
「っ…だ、…だいじょう、ぶ。…蓮くんだから、…大丈夫だよ。」
「…それは、…俺が調子乗るって。」
頬にかかった日向の手が少しだけ紫月の顔を引いた。そしてそのまま目を閉じると唇に柔らかいものが触れた。一度離れて、再び重なって、少し顔が遠のいた気がして目を開けると、余裕のなさそうな表情の日向の視線とぶつかった。
「…即答されたらしちゃいます。迷うと思ったのに。」
「迷わないよ。…だって、迷う余地がないんだもん。」
「あー…可愛すぎねそれ。…ほんと、俺、調子乗ってやらかしそう。」
「…やらかす…?」
「やらかすよーもう。…やらかす前に寝よう。歯磨きしてからさ。…紫月さんにベッド譲ってソファで寝ようって思ってたけど…そんなのやっぱなし。狭いベッドだけど、一緒でもいい?」
「…あの、私が安眠を邪魔しちゃうとかは…ない?」
「あるわけないよ。…紫月さんがいいなら、一緒に寝よう。」
洗面所までの短い距離なのに、自然に取られた手を紫月はそのまま握り返す。
「…うん。一緒がいいな。」
「ね。俺も一緒がいい。」
「日向くん…あの…。」
「…ま、待って。…っていうか、本当にどうしたの?さっきのくっついてくれたのもだけど…今日本当にずっと…紫月さんの方から近くに来てくれることがさ…。」
目元を手で覆ったまま、日向は天井に顔を向けていた。そんな日向の部屋着の袖の裾を引く。
「…どんどん欲張りに、…なってる、のかも。調子に乗ってるね、なんか。嬉しい気持ちがいっぱいで、もう充分なのに…嬉しいからなくなってほしくなくて、本当なんだなって思いたくて、日向くんの近くにいようとしちゃってる…気がする。」
裾を引いていない方の日向の腕がゆっくりと上がり、日向の手が紫月の頬に触れた。そのままその手にすっと引き寄せられ、紫月の頬に日向の唇が一瞬触れた。耳元の近くでした唇の離れた音にこれが現実だとわかる。
「…俺ね、紫月さんには自分がされたら嬉しいことばっかりしてるよ。抱きしめるのも、手を繋ぐのも、紫月さんの肩借りてもたれたのも、したかったことで…されても嬉しいこと。」
日向と目がまっすぐに合うと、恥ずかしくて照れくさいのに見つめていたい気持ちになる。6年近く同じ職場にいたのに、知らない顔ばかりに出会っては、今までに感じたことのない温かさが心にも体にも満ちる。紫月は空いている方の手をぐっと握った。
「…あの、じゃあ…えっと、じゃあっていうのも変なんだけど、…ほっぺを…ちょっと私に貸してください。」
「え…?あ、あの…紫月さん、それって…。」
「ひゅ、日向くんの真似をさせてもらえたらなって…えっと、頑張るので…さ、さっきの事故よりはもう少し、マシにできたら…。」
しどろもどろになりながら、何とか言い終えた紫月の方を見つめ、真剣な眼差しを向けながら日向は口を開いた。
「…いいの?」
「う、うん。」
「頑張りすぎてない?」
「…うん。…頑張りたいの。だって、私が少し頑張るだけで、日向くんは嬉しい気持ちになってくれるんだよね?」
「…それは…まぁ本当にその通りなんだけど。…じゃあ、…貸します、ほっぺ。」
「お、お願いします。」
日向は紫月の方に少しだけ左頬を向けて、静かに目を閉じた。一度息を飲んで、それでも心拍は少しも収まることはなく、そのままの心で紫月は日向と同じように頬に手を伸ばした。首を伸ばし、強くなりすぎないようにと思いながらそっと頬を少し自分の方に引いた。
好きな人の頬に口づけるということを今まで一度もしたことがなかった。だからこそ、唇に触れたわけではないのに体に一瞬痺れが走ったかのようだった。強く口づけたわけではなかったのに、離すときに妙に音が残ってしまい、紫月は慌てて少し距離を取った。
「…っ…強かった…?」
「…ううん、全然。はぁー…たまんないなぁ、これ…。」
再び、紫月の肩にコテンと日向の頭が落ちてきた。と思ったら、すぐに頭を上げた日向が紫月の頬に唇をつけた。さっきよりも少し長く、そして唇が離れる時の音も大きく聞こえて、紫月の耳が赤く染まる。
「隙あらばしちゃうよ、こんなの。…だって可愛すぎる、紫月さん。」
「っ…え、えっと…?」
「…指も大丈夫でほっぺも大丈夫なんだ。…緊張で苦しくなってる?大丈夫?」
こうやって、息をするように自然に紫月のことを気にかけて立ち止まってくれる人だと、もう十分すぎるほどわかっている。だから、歩みを止めたくないと思えるのだと今ならわかる。ほんの少し勇気を出すだけでそれを温かく受け入れてもらえて、そしてとびきりの笑顔を見せてももらえる。
(…緊張はする。でも、大丈夫なんだよ、日向くん。)
「…大丈夫だよ…れ、蓮、くん。…名前もね、いつも紫月って呼んでくれてありがとう。ちょっとずつ、私も返せるように、…隣に並べるように頑張るから。…名前、…あの日に呼んだっきりで呼べなくてごめんね。…蓮くん、って呼びます、ちゃんと。」
紫月がそう言い終えると、日向は今までで一番強い力で紫月を抱きしめた。深く呼吸をする音が聞こえて、紫月はその背に回した手でいつものように服を掴んでしまう。
「…紫月さん。」
「は、はい。」
「腕、解くからさ、そしたらこっち、向いてくれる?」
「う、ん…?」
腕の力が緩み、言われた通りに日向の方に顔を向けると、日向の指が紫月の唇にトンと触れた。
「ここも、大丈夫?」
「っ…だ、…だいじょう、ぶ。…蓮くんだから、…大丈夫だよ。」
「…それは、…俺が調子乗るって。」
頬にかかった日向の手が少しだけ紫月の顔を引いた。そしてそのまま目を閉じると唇に柔らかいものが触れた。一度離れて、再び重なって、少し顔が遠のいた気がして目を開けると、余裕のなさそうな表情の日向の視線とぶつかった。
「…即答されたらしちゃいます。迷うと思ったのに。」
「迷わないよ。…だって、迷う余地がないんだもん。」
「あー…可愛すぎねそれ。…ほんと、俺、調子乗ってやらかしそう。」
「…やらかす…?」
「やらかすよーもう。…やらかす前に寝よう。歯磨きしてからさ。…紫月さんにベッド譲ってソファで寝ようって思ってたけど…そんなのやっぱなし。狭いベッドだけど、一緒でもいい?」
「…あの、私が安眠を邪魔しちゃうとかは…ない?」
「あるわけないよ。…紫月さんがいいなら、一緒に寝よう。」
洗面所までの短い距離なのに、自然に取られた手を紫月はそのまま握り返す。
「…うん。一緒がいいな。」
「ね。俺も一緒がいい。」