紫陽花の憂鬱
色を変えた紫陽花

巡る6月

* * *

「なんか珍しいな、日向が弁当って。」
「うん。作ってもらった。」
「…待て待て、お前まさか…。」
「え?あ、もちろん彼女にね。」
「か、彼女ー!?」

 そんな大声はお構いなしに、日向はぱかっと弁当箱の箱を開けた。下段は二色のそぼろ丼で、上段はブロッコリーとしめじのソテー、プチトマト、卵焼き、ちくわとピーマンのおかか炒めとそこそこのボリュームだった。そして、ご飯が足りないかもしれないという配慮から、おにぎりが2つついていた。

「うわ!何すっげぇー!彼女さん、料理上手?」
「うん。これはなんか、俺のリクエストにめちゃめちゃ頑張ってくれちゃった感じだー。」

 日向の弾んだ声が紫月の耳にも届く。周りの女子たちは『日向さんに彼女…』とざわついている。そのざわつきに、紫月は胸の前できゅっと手を握った。

(…喜んでくれてるの…嬉しいけど、大注目されてるよ…。)

「日向ーおかずつつかせてくれよーこちとらコンビニ弁当なんだよー。」
「えー嫌です普通に。1個もあげたくない。」
「ケチ!」
「ケチで結構!」

 紫月から日向の表情は見えないが、声の感じからも嬉しさは伝わる。紫月も弁当の蓋を開け、日向のおかずとほぼ同じものが入った自分の弁当を少し隠しながら食べ始めた。

 季節は、いつの間にか再び梅雨を連れてきていた。あの『マグカップ1杯分の相談室』から気が付けば1年。雨が降る日が増えるにつれて、紫月は窓を見つめるとそんなことを思うようになった。
 時々外に出かけに行って、2週間に1回くらいのペースで互いの家に泊まりに行って、少しずつ一緒にいる時間を増やしながら、生活の中に日向の存在が大きくなっていた。とある日にぽつりと落ちた日向のリクエストである『手作り弁当』をようやく叶えられて嬉しい反面、こんなに盛大に周囲に広まってしまうとまでは思っていなかったため、妙な緊張感で紫月はいつもよりハイペースで咀嚼した。

「ってかいつからいたんだよ、彼女。こんなのさ、一緒に住んでますって言ってるようなもんじゃね?」
「一緒に住んでないよ?俺が食べたいって言ったから頑張ってもらっただけ。」
「はぁー?絶対嘘。」
「こんなことで嘘ついてどうすんのさ。本当だよ。あーあ、もう食べ終わっちゃうんだけど。お腹いっぱいでこれ以上食べらんないけどさー…。」
「おい、俺の前でこれ以上惚気んな!」
「ごめーん。」

 家で過ごす時に近いような声が聞こえて、そしてそれがとても楽しそうで、紫月も自然に笑顔になる。そっと弁当の蓋を閉じて、紫月は歯磨きをするべく立ち上がった。

* * *

「今日のお弁当、足りた?」
「うん!丁度良かった。すごーく美味しかったです!」

 『どうしてもお弁当の感想を直接言いたいから、紫月さん今日泊まっていって!』という連絡が入り、今日は紫月の方が早く仕事が終わったため、先に合鍵を使って日向の家にいて夕飯を作っていた。

「っていうかお昼も作ってもらってて夜もとか、働かせすぎ!交代!」
「えっ、だ、だって泊めてもらうのに!」
「それは俺が感想言いたいって言ったからでしょ?というか、美味しい以外にも言いたいこといっぱいあるよ。」

 帰宅してすぐにシャワーをさっと浴びて、濡れた髪をがしがしとタオルでこすりながら日向がキッチンまで来た。髪が濡れると少し子供っぽい印象になることに最初は驚いていたけれど、今はもう笑顔をそっと返すことができるようになった。

「リクエスト、お弁当ってことだけだったから…苦手なものとかなかった?」
「一個もなかった!っていうか彩り!開けた瞬間さ、細やかだなーって思った。赤、緑、黄色がパッと目をひいたっていうかさ。全部ね、紫月さんの味だーってなって、紫月さんの味がわかるようになったことがね…ニヤニヤしてたら叩かれた。」
「目立ってたよ、もう!」
「だってさ、紫月さんが彼女いるって言ってもいいよって言ってくれたのが嬉しくてさぁ。」
「…蓮くんが言いたいって…ずっと言ってたから。」
「うん。そりゃ言いたいでしょ。可愛い彼女がいるのに何が悲しくて合コンとか俺の娘はどうだーとか言われなきゃなんないの。」

 少し拗ねた口調で言いながら、日向は弁当箱を洗い始めた。

「あと、手伝うことある?ぱっと見ほぼできちゃってるなって思ってて。」
「うん。豆腐ハンバーグあっためて、あんかけかけたらおしまいだよ。」
「じゃあご飯と味噌汁はやります、さすがにね。」
「お願いします。」

 二人でキッチンに立つことにも、この距離にも慣れた。紫月があんかけをかけ終わると、日向は慣れた手つきでその皿をリビングに運んだ。

* * *

「いただきます!」
「いただきます。」

 日向は豆腐ハンバーグにまず手を伸ばした。その姿をじっと見つめると、もぐもぐと美味しそうに口を動かす日向と目が合った。

「美味しい!え~なんだこれ、あんかけが絶妙!」
「あ、よかった。えのきとか入れたから、野菜の味がしみたかな?」
「それなのかなぁ。ヘルシーっぽいのに結構ボリュームあるように感じる。」
「さ、最近太った、から…しばらくはヘルシーなものにしようと思ってて…。」
「そうなの?重くなったなーって感じ、抱きしめててもあんまりしないけど。」
「れ、蓮くんが美味しいお菓子、いつも買ってくる、から……。」

 何かと紫月に甘いものを食べさせるのが好きな日向が、家デートが決まると必ずと言っていいほどお菓子を用意している。元々甘いものが好きなことと、紫月が食べているところを見つめる日向の目が優しくて、つい紫月も食べすぎてしまうのだ。

「最近家デートが多かったか、そういえば。あ、でもね、今日はここはどうかなって提案したかったんだよね。」
「提案?」

 日向は少し遠くに置いてあったスマートフォンを取ってくると、紫月に画面を向けた。

「ここって…。」
「うん。いろんな紫陽花が見れるんだって。季節的にも丁度いいし、あとさ、ここ。」

 拡大された部分には、『紫陽花の変化』と書いてあった。

「子供たちにも興味もってもらえるようにってことらしいけど、ここの庭園、意図的に土とか水を変えて紫陽花の色が変わる様子を見せてくれるんだって。去年はこの色でした、今年はこんな感じですっていうのがわかるみたいだよ。面白そうじゃない?」
「見てみたい…!」
「紫月さんならそう言ってくれるって思ってた。なるべく晴れの日がいいけど、雨でも行こうよ。紫陽花には雨も似合うから。」

 日向の笑顔に、1年前のあの日の日向の言葉が重なった。

『すぐに変わらなくても、確かに変わるよ。』

「連くん。」
「ん?」
「私は、変われたかな?」
「え?」
「紫陽花みたいに1年かけて、変われた?」

 紫月の問いに、日向は一度『うーん』と唸る。そしてまっすぐに紫月を見つめ、強く頷いた。

「紫月さんが変わりたいなって思った方に、動いたんだなって思う。ずっといっぱい、頑張ってたよ。そしてお弁当も頑張りすぎ!」
「だってそれは、喜んでもらえるってわかってるからだよ。」

 時間をかけることを止めないでいてくれた。いつでも手を引いて、そして急かすことなく傍に居てくれた。そういう日向だから、好きになれた。好きだと『わかった』のだ。

「……うわ、今の何?」
「え?」
「可愛いが更新されてく……紫月さん、ずっと変わり続けてるよ……。」

 顔を片手で押さえる日向の耳が赤く染まっている。前は知らなかったその表情は、今ではもう見知ったものになっている。

「いろんな色の紫陽花、見るの楽しみだな。」
「ね、俺も。これからも2人でどっか行こうね、いっぱい。」
「うん。」

 いつも通りの日向の笑顔に、紫月も頷いて笑顔を返す。外はぽつぽつと雨が降り始める。一人で過ごす家では聞こえるその雨音は、二人の声にかき消されていった。

fin
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