紫陽花の憂鬱
「振られちゃった。…俺がいなくてもお前は全然平気なんだろって。仕事ができて、何でも一人で解決できて、頼ってこなくて…そう言われても困っちゃうよね。平気じゃないけど、…平気なの。」

 日向は何も言わない。ただじっと、紫月の言葉に耳を傾けてくれている。

「結局いつもね、平気になっちゃうの。それって相手を本気で好きじゃないからだよね、きっと。本気で人を好きになるってことが、よくわからない。多分私はずっと、それがよくわかってない。」
「ん-…そっか。なかなか失礼なこと言う元彼だね。」

 ようやく口を開いた日向の表情は、営業でどこかに向かうときのものとは違って、少し険しかった。

「すっげぇ嫌な奴!」

 怒った顔は、初めて見た。日向が怒る理由が見当たらなくて、紫月は少し首を傾げた。

「なんで日向くんが怒ってるの?」
「怒るでしょそんなの。頼ってこない梅原さんが悪いんじゃなくて、頼られないそいつがたた単純に頼りないだけだろ、ばーか!って感じじゃない、それ。」
「ばーかってそんなこと言う人だったんだ、日向くん。ちょっと面白い。」

 そう言って、紫月がふふと声をあげて笑う。そんな姿を見た日向の表情からも険しさが消え、つい微笑みを返してしまう。

「むしろそれ、本当はもっと元彼に怒るべきところだから!梅原さんは優しすぎ!もっと怒って!」
「怒るっていうのもね、なんか、…その人が大事とかそういう…なんだろうなぁ。自分に距離が近いかとか、大切にしたい人かとかそういうの、結構重要だと思ってて。怒れないってことは、私にとって彼はそういう人じゃなかったんだな…って。」

 怒ることも伝えることも、諦めてしまった自分がいたのは確かだ。離された手を掴もうと努力することすらしてないのに泣いたなんて卑怯に思える。口に出してより一層、自分の関わり方が悪かったのだという気持ちが心の大半を占める。
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